地球最後の日

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 田中が腕時計を見る。  残り時間は15分を切った。  さっきから息苦しい。教会のような閉鎖された空間と周りを信用の出来ない人間たちに囲まれているという異様な状況のせいだ。とにかく一人になりたい。こんなおかしな人間たちと一緒にいると自分までおかしくなりそうだ。  田中は先程から水をたくさん飲み続けている。まるで砂漠で遭難した人間のようだ。緊張した状態が続いたせいで身体の代謝がおかしくなったらしい。喉の渇きで死ぬはずがないのに飲み物が欲しくてたまらないのだ。  田中が椅子から立ち上がる。田中の一挙一動に合わせて信者たちが反応する。教祖になった当初は信者たちのそんな反応が楽しかったものだが、今の状況の中ではそれは苦痛でしかない。 「またトイレですか?」  信者の一人が田中の目を見つめる。その目には生気というものが感じられない。目の光がないのだ。そんなまるで人形のような人間の口から質問の言葉が出てくることが奇妙なように思われた。なぜなら彼らには思考というものがないように田中には思われたからだ。 「いや」  さっきから田中はトイレに数分間の間に3回も行っている。当然信者たちも怪しんでいる。別に逃げようとしているわけではない。身体の調子がおかしいのだ。ただ尿意をもよおしただけなのだ。それなのにトイレのドアの前には信者たちが列をなして待ち構えている。その姿はトイレを求めて行列をなしているようにも見える。神を求めている人間がトイレを求めているように見えるのは滑稽な光景だ。当然トイレの窓の外にも信者たちが数人立っていて用を足している田中と目があう。彼らは無言で田中を見つめる。彼らは何も言わない。それがこれから起こる出来事に対する田中の不安を否が応でも駆り立てるのだ。  田中は教会内にある一際立派なドアに向かった。そこは金で縁取りされた特別のドアだ。それも当然だ。そこは教祖の田中が神ペテテロパスに祈りを捧げる部屋なのだから。  田中の前に信者が立ちふさがる。 「どちらへ」 「いつもの所だ」  信者と田中が見つめ合う。  どうしようかと思案げの信者であったが隣の信者の「どうせ――」という言葉を聞いて田中の前をどいて道を開ける。 部屋の中に入り田中は深く息を吐いた。これでやっと一人になれる。信者たちは部屋の中には入ってこない。彼らは知っているのだ。この部屋には窓も無く、ドアも1つだけだ。逃げ道になりそうな場所は無い。  部屋の中には神ペテテロパスの像が置いてある。それは異教の神を真似て田中が適当に作らせたものだ。ペテテロパスの神像が田中を見下ろす。神と二人きりだ。本来であれば光栄なことだろう、もし神が本物であれば。しかしペテテロパスなんて神は存在しない。田中が勝手につくったものなのだから。  信者たちから離れ、緊張の糸が途切れ田中がその場にへたり込む。その姿は神に祈る敬虔な信者のようだ。偽りの神に祈る偽りの教祖。まったくこの場所には偽物ばかりだ。本当のものなど1つもない。田中が苦笑を浮かべる。 「助けてあげましょうか」  田中が顔を上げる。  そこには神ペテテロパスの姿があった。
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