地球最後の日

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 ドンッ、ドンッ。 「大丈夫ですか? 何かありましたか」  まったく心配していないような声がドアの外から聞こえる。恐らく信者たちは田中が部屋の中で逃げることが出来ないので暴れているとでも思っているのだろう。忍び笑いのような声も聞こえてくる。 「……ああ、大丈夫だ。心配ない」  田中は平然とした口調で答える。心は動揺しているのだがそれを外の信者たちに知られるのはマズイ。田中は声が震えないように一言一言慎重に答えた。 「……そうですか。何かあったら知らせてください。すぐそこにいますので」  お前たちが近くにいることが問題なんだ。そんな気持ちを田中は押し隠す。でも今はそんなことはどうでもいい。今はそれよりも大変なことが起こっているのだから。  神ペテテロパスの神像によりかかりながら黒い毛に覆われた人間? がこちらをニヤニヤしながら見ている。身長や体格は人間そのものだ。しかし服を来ていないことと、その皮膚の色、目の燃えるような紅い色とその全身を覆うネコ科の肉食獣を思わせる体毛が彼が人間以外の生き物であることを告げていた。 「よしよし、それでいい。それでお前はどうするんだ?」  田中の目の前にいる生き物は「自分は悪魔だ」と名乗った。田中に悪魔として取引を申し込みたいと言ってきたのだ。田中の耳か頭がおかしくなっていなければ確かに彼はそういった。  田中はゆっくりと立ち上がり衣服についたホコリを振り払う。それは特別に作らせた高級な素材で出来ていて白装束の信者の間で一際目立つその姿が彼が他のものよりも一段高い身分であることを周りの人間に知らせていた。  田中は深呼吸をして気分を落ち着かせた。そして口を開く。 「もう一度言ってくれないか。私の聞き間違いだと困る」 「……話は単純だろう」 「いいから、もう一度だけ繰り返してくれ。今日は大変な一日だったんだから」  悪魔がまたクッ、クッとわらう。 「大変なのはこれからだろう。いや明日か? まあいい、もう一度言ってやろう。契約というのはお互いが納得の上での同意が大切なのだから」  悪魔がさっきの内容を繰り返す。悪魔と契約すればその見返りとして田中の予言通りに神ペテテロパスが現れ、その裁きによって地球が滅ぶというものだ。  一言一句違わないその言葉の正確さはまるで機械のようだ。彼は本当に悪魔なのだろうか? 田中の頭に疑念がよぎる。  突然田中の手首が燃え始めた。悲鳴を上げ田中が必死に炎を消そうとする。しかしここには火を消せるものなどない。手で必死に燃える左手首を叩く姿は初めて炎を見たチンパンジーが驚いて暴れている姿にも似ている。  炎をあっという間に消えた。もしそうでなかったら田中の身体は火だるまになりその身は燃え尽きていたことだろう。田中がその手首を見るとそこにはTの字が浮かび上がっていた。それは田中の教団のシンボルとしているもので信者たちはTの字のネックレスを大事に身に着けている。  腕に出来たやけどの後を見て呆然とする田中を見て、悪魔がまたクッ、クッと笑う。  どうやら彼が悪魔であるというのは間違いないらしい。彼には田中が考えていることはすべてお見通しなのだろう。だとしたら隠し事をしても無駄だ。単刀直入に話をするべきだ。田中が予言をした最後の日の残り時間もあと僅かしかないのだから。  田中には1つ疑問がある。それをこの悪魔に問うてみようと思う。思っている時点でたぶん悪魔には田中の考えがお見通しであるに違いない。それをわざわざ口で説明するのも馬鹿らしいことだ。でも相手が悪魔なら親切にこちらが質問する前に答えてくれるわけもないだろう。 「助けてくれるとあなたは言いましたね」  悪魔がうなずく。 「もしあなたの説明通りに私の予言が実行されるとしたら、世界が滅び私も死ぬことになるはずです。なら――」  悪魔がめんどくさそうに手をふる。自分よりも劣った生き物を相手にしているのだからそれも仕方がないことだ。でもそこは大事なことだから説明してもらわないといけない。  田中の顔を見る悪魔の顔には考えがすべてお見通しであるといったふてぶてしい態度が現れる。 「大丈夫だよ。世界は滅ぶ。お前は死なない」 「では私の予言通りに神ペテテロパス様の力でこの地球の支配者にしてもらえるのですか」  これで何度目だろう。悪魔がまたクッ、クッと笑う。何がそんなにおもしろいのだろうか? たぶん自分は間抜けな顔をしてまた悪魔を見ているんだろう。それで相手は笑っているに違いない。 「それはペテテロパス様次第だろう」
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