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その少女は、あからさまに浮いていた。
花をあしらったドレスに身を包む同胞たちの中、彼女だけが黒のセーターにブルージーンズという恰好だった。客に愛想を振りまくこともせず、新古書店のシールが貼られた分厚い本を読み、時折物憂げに宙を見やる。トンボに似た背中の羽も、萎れて元気がない。
妖精館の大温室。亜熱帯の草木や花が生い茂るこのドームには、千羽を下らない数の妖精が放し飼いにされている。客たちはここでしばし妖精たちの生態を見物し、時には戯れ、やがて現実へと帰っていくのだ。男も女も、おしなべて恍惚とした──さながらマタタビを与えられた猫のような──表情を浮かべながら。
妖精の鱗粉には、独特のフェロモンがあると言われている。鋤鼻器の退化した人間がなぜフェロモンを感知できるのかは、まだよくわかっていない。いずれにせよ、刺激が強すぎるという理由で、未成年者の妖精との接触は法律で禁じられている。ちょうど酒や煙草と同じように。
こんなものか、というのが年齢を偽って入り込んだ僕の第一印象だった。熱帯植物の甘ったるい香りや温室特有の蒸し暑さ、それにいささか無防備な妖精たちの振る舞い。そうしたあれこれが、ありもしない色香を幻嗅させたのではないか。
せわしなく羽ばたきながら、艶かしい様子を見せる妖精たちを適当にやり過ごしながら、そう独り合点しかけた時。
おおよそ色香とは無縁な、一羽の妖精に出会ったのだった。
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