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突然死外来
「神も仏もあるもんか!」
上半身だけの男が怒鳴り散らしている。事故死外来の受付嬢は新人らしく輪っかに返り血を浴びて青ざめている。
「あたしが代わるから。貴女はこいつの閻魔帳を調べて」
アドニスは追撃天使の業務でないにも関わらず死にたてのクレーマーをなだめはじめた。天魔庁は六道輪廻を扱う専門部署ではないい。にもかかわらず、こうした死人が舞い込んでくる理由と窓口が設置されている特別な理由がある。天使は関係を媒介するからだ。森羅万象、万物、生きとし生けるものみな全ては関係性を維持する。被造物においては何一つ単独で存在しえないのだ。
なぜなら神自身を除いて、神の御業で作られし存在だからだ。天使とて例外ではない。
それが故に「関係性」の維持管理は創造主と万物の契約に欠かざる重要任務なのだ。
「神も仏も無いとはどのように?」
全身血だらけの男にアドニスがかしづく。これも重要な姿勢だ。下界の天使イメージは高潔で慈愛溢れる存在だ。それを払拭するために目線を相手より低いポジションに置く。
「どうするもこうするも、いきなりズバッと真っ二つよ!」
輪切りにされた男がいうには、満員電車から降り立った瞬間にホームが目の位置にあったという。当然、一も二も無く即死だ。
状況を呑み込めぬまま天使に迎えられたら悪態の一つもつきたくなるだろう。
「ここは天国です。貴方に非はありません。寿命を全うされたのです」
ファイルを繰りながら新人が戻って来た。あたふたと当人の功罪を一覧する。
「安永栄一さんですよね。50歳、建設会社外部取締役。不慮の事故で亡くなる宿命です」
アドニスが念を押す。当人は実直を絵にかいたような真人間で人を憎んだり恨まれたりすることとも無縁だ。
「ふざけんなよ! 家のローンがまだ残ってるんだぞ。車もだ。それに妻子はどうなるんだ」
「佳人薄命と昔から言います。住宅ローンは貴方の保険金で贖われ、奥さんはパートで細々とご長男を…」
「やかましい! 黙って聞いてりゃ手前勝手なストーリーを並べやがって! それより、俺の脚をどうにかしろ!」
それにしても饒舌な血達磨だ。真っ赤にそまった袖を振り回し、自分の功績を訴えている。
「荼毘に付された肉体に拘ってどうするの。貴方はとっくに死んでるのよ」
「うるせえ! つべこべ言わず、俺を娑婆に返してくれ!」
栄一は聞く耳を持たない。
「仕方ないわね。ジョゼ、抜魂刀を持ってきて」
アドニスは細身の剣を男の背筋に沿わせた。
「おい! なにす…うわ! …めろ!!」
すうっと刃先を滑らせると栄一は雲散霧消した。彼のいた場所にワイヤーがいくつも揺れている。それらも虚空に溶けてしまった。
「やっちゃいましたね…」
ジョゼが感心したように目を丸くしている。
「しかたがないわ。それに本人の望みだし」
「幽子還元ってあっさりしたもんなんですね。私、初めてみました」
「内勤の子には刺激的だったかもね。追撃天使の特権。緊急かつ自傷他害の恐れがあるときは認められているわ。あのままじゃ彼は妻子に憑く」
「安永さんは本当に生き返るんですか?」
「まさか。安永家の直系か分家の何代目かに転生するでしょ。肉体は灰になってるんだもの」
ふんふんと聞き入っていたジョゼはあからさまにこう言った。
「追撃天使ってドライなんですね」
アドニスの尖耳がぴくっと動いた。しかし、表情を変えず反論した。
「そうよ。いちいち気にしてちゃ関係に絡めとられてしまうもの」
そういうと、ふうわりとドレスを翻して突然死外来を後にした。
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