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母子失踪事件
安永富雄は東京都内の新興住宅地に母親と二人で暮らしていた。父の四十九日を済ませて、ようやく落ち着きを取り戻した実家に生活感はまるで感じられない。
玄関扉は南京錠で固く閉ざされ、郵便受けは空っぽのままだ。表札すら取り外されている。
「売却済み…なるほど」
アドニスは群れ集う報道陣を透過して屋内に立ち入った。もぬけの殻である。作り付けのキャビネットは開け放たれ、床に埃がたまっている。
富雄は高校中退後、働きもせず自室に籠っていたというが、どの部屋だったかわからないほど綺麗に片付けられている。
何か手掛かりはないかと目を皿のようにして隙間を捜索してみたがメモ書きやレシートも挟まっていない。
「立つ鳥、跡を濁さずっていうけど、関係性の1本も残さないってどういうことなの?」
追撃天使はいぶかしんだ。普通なら光熱や水道の移転手続きを引っ越しと同時に行う。滞納でそれらが強制解約されていたとしても、市町村の転出入届は必要だ。
まるで母子が忽然と蒸発したかのように関係性を喪失している。
「まさか?!」
事件に巻き込まれたというなら、閻魔帳に経緯が記されているはずだ。天魔庁は決定論者だ。量子力学の不確定性原理により世界線に多少の揺らぎがあるとしても、ぶれは閻魔帳の想定内に納まる。
「キース?! 安永母子の行く末を調べてちょうだい」
アドニスは天を仰いだ。
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