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転生のシステムは神しか作れない
「ですが、サジタリオ教団の教義には矛盾が存在します。転生の真実を隠蔽している疑いがあるのです」キースは声を落とした。「実は――」
*安永母子はサナトリウム「雲仙院温泉」の最上階、スウィートルームに滞在する運びとなっていた。部屋代はすでに支払い済み、旅行代理店の書類がここにあるということは逃亡の意思がまったく無いことを示しているだろう。ならば警察も踏み込めるはず。
だが、「安永親子がどこにいるか突き止めてくれ。頼む」
「かしこまりました」という上司の指示に対して「申し訳ありません。所在不明のままなんです」
「何?」とアドニス・サジタリウスに断られたことで事態は一変した。
サジタリウスは「追跡調査中の事故でした。お詫びいたします」と謝罪すると、そのまま黙り込んでしまった。
「キースは何を手間取ってるのかしら」
アリエル・キースは自分の執務室に戻ると電話ボックスに入った。サジタリオ教団の総本山へかけるためだ。
電話の相手が受話器をとった。アリエル・キースの耳に飛び込んできたのは思いも寄らぬ人物の声だった――
「神格同士の衝突。神殺し」
アドニス・サジタリウスは言った。
「転生のシステムは神にしか作れない」
キースは無言だ。唇を真一文字に引き結んでいる。眼鏡越しの大きな目はどこか遠くを見ていた。まるで目の前にいるアドニスを見つめていないような態度だ。
やがて、キースの目が戻ってきたとき、そこにはいつもと変わらぬ強い光が宿っていた。
アドニスは自分の頬を指で掻いた。どうにも落ち着かない気分がしたからだ。
キースは机の上で組んだ手を額に当てて目を閉じた。
「……」
長い沈黙が流れた。ふたりは同じことを思い出し、同じように言葉を探しあぐねている。先に口を開いたのはアドニスの方だった。
「ねえ、あれって本当に偶然だったのかしら? 誰かの意図があった気がして仕方ないんだけど……」
「ええ、わたしも同感です」
ふたりは同時に深い溜め息を吐いた。
「転生は人間が神に対抗できる唯一の手段だとすれば、それを阻止しようと動く神は人間の力に頼らざるを得ない」アドニスは頭の中で文章を組み立てながらゆっくり口に出した。
「つまり、転生会を潰そうとしたサジタリオ教団も、人間の作ったシステムの脆弱性を衝かれたことになるわ」
「そう考えると納得いきますよね。人間の社会は神の干渉を受けやすく、逆に言えば神の介入を防ぐのは非常に難しいのです。神がシステムを構築する場合はもっと完璧で安全な構造になると思います」
「神とて万能じゃないわ。神を創造したのは人間なのだもの。神の弱点だって把握していたと思うわよ」キースはうなずきながら微笑んだ。眼鏡のフレームを持ち上げると、目元が陰ったように見えた。アドニスは彼の瞳の色が青みを帯びていることに気付いた。アドニスとキースが初めて出会った日のことを思い出していた。
「キース、あなたの眼の色は綺麗ね。青い星が二つ浮かんでいて、とても神秘的だと思うわ」
キースは照れくさそうに笑った。
「そんなふうに言われたのは初めてですよ。たいていは不気味がられますから」
アドニスも微笑んだ。「いいえ、すごく似合ってると私は思う」アドニスの言葉を聞いてキースははにかんだ。
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