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 ばあさんが居なくなっても、見回りは続けた。  いつの間にか暖かくなってしまったので、今年はトマトやキュウリを植えるのは間に合わないかもしれない。だけど近所の家の人間たちが分けてくれるから、困ることはないだろう。お礼にネズミを捕まえてあげなければ。  そうしていつものように真面目に毎日を過ごしていれば、良いこともある。  ある日、ばあさんと息子二人の三人が家に帰ってきた。  ばあさんの足音を聞いて、見回りを中断して大急ぎで帰る。一日くらいサボっても大丈夫だって。  家の鍵を開けて、息子たちは大掃除を始めた。 「母さん、持っていく荷物を出してくれよ」 「はいはい。やっぱり行かないとだめかねえ」 「今回は隣の長谷部(はせべ)さんたちが見つけてくれたから良かったけど、危なかったんだぞ」 「そうだよ。兄さんの家に住んだら俺たちだってもっと頻繁に会えるから安心できる」 「すまないねえ」  そうか。ばあさんは引っ越すのか。でも無事な顔が見れただけ良かった。  持っていく着替えや荷物を出した後、ばあさんは縁側に来た。私の皿を持ってきて、山盛りのカリカリを入れてくれた。 「なーお」 「ニャーコ、長いこと留守にしていてすまなかったねえ。さあ、お食べ」 「なーん」  獲物は自分で捕まえているから、大丈夫なんだよ。言っても通じないと分かっていても、私は律儀に答えた。 「母さん、何してるんだ?」 「ニャーコに餌をあげないと。ねえ、お前の家にはニャーコも連れて行っても大丈夫かい?」 「何言ってるの、母さん! ニャーコはもう十年も前に死んだじゃないか」 「えっ……」  ばあさんはぼんやりと、減らない私の皿の餌を見つめた。 「だって……ニャーコがいつもそばにいてくれた気がしてねえ」 「杏の木の下に、俺たちが埋めただろう」 「そうだったかねえ。今もここにいるような気がするんだけどねえ」 「さあさあ、荷物を片付けて、引っ越しをするよ」 「すまないねえ」 「いいんだって。後でニャーコの墓にもお参りしていこう」 「ありがとうね」  庭の奥にある杏の大木は、今年もたくさんの実をつけている。息子たちは酸っぱくて食べられないと言っていたけれど、本当は甘い実がなるので、鳥たちが喜んでついばみに来る。  そうだった。私の身体はこの下に埋められているんだった。  ばあさんがあまりにも自然に毎日話しかけてくれたから、すっかり忘れてしまっていた。  ゆっくりと時間をかけて手を合わせていくばあさんを、急かすこともなく息子たちが待っている。  穏やかな親子だ。きっと一緒に暮らしたら、ばあさんはもう寂しがることはない。  私の役目はもう終わったのだろうか。  いや、まだまだ、ここの見回りは続けないと。  いつかばあさんがここに帰ってきたときに、荒らされていたらがっかりするだろう。 「ニャーコ」  手を下ろしたばあさんが、足元の私を見て話しかけた。 「なーん」 「もうちょっとだけ、待っていておくれ」 「なーお」  いくらだって待つから、息子の所でゆっくり楽しんでおいで。  私にはいくらだって時間があるし、見回りもしっかりしておくからね。  言っても分からないだろうけれど、私は律儀にそう答えた。 【了】
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