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「ねえ、前の奥さんてどんな人だったの?」
私は初めてこの類の質問を敬一さんにした。本当はしたくなかったし、するつもりもなかった。けれど、敬一さんにとってどんな妻だったのか。そして、暁君に対してどんな母親だったのかが気になりだしたのだ。
ベッドで私の髪を撫でていた敬一さんはその手を止めて、
「珍しいね。美由希がそんなこと訊くなんて」
と驚いたように言った。
「奥さんとはお見合いだったのよね?」
「そう。僕はまだ結婚は先でいいかなと考えていたんだけれど、その時の課長が早く所帯を持てってうるさくてね。その時付き合ってる人はいなかったからお見合いはどうかと」
「奥さん以外ともお見合いしたの?」
「したよ。元妻入れて四人かな。その頃、僕は営業成績が良かったから、露骨にお金目当てな感じの人は断った。前の妻はそういうのに関心がなさそうだったんだ。でも僕は分かっていなかった。彼女の本質を」
「本質?」
「ああ。あまり悪く言いたくないけれど、表に出さなかっただけで、結局は元妻も他の三人と変わらなかったんだと思う。まんまと僕は騙されたわけだ。それにきっと僕を好きにならなかったんだろうな」
私は眉をひそめた。釣った魚に餌をやらないタイプの女性もいるということか。気になっていることがある。
「ご飯は、作ってた?」
確認するように尋ねた。敬一さんは複雑そうな顔になった。
「暁が小さい時までは自分の母親に手伝ってもらいながら育児とぼちぼち家事をしてはいたよ。ところが暁が四歳を過ぎた頃から、ご飯はもちろん、掃除もしなくなっていって。外出が増えた。代わりに暁が家事を自分なりに覚えてするようになっていった。まあ、俺も仕事がない時は手伝ったけれど、暁はきつかっただろう」
「そんな! まだ四歳なんて、母親に甘えたいぐらいの年じゃない。敬一さんは奥さんに何も言わなかったの?」
私は上半身を起こして敬一さんを見ながら言った。
「言ってたさ。そしたら、口も聞かなくなってしまって。ほとんど昼は家にいなかったようだ。もしかしたら、彼女は好きな人ができるか、何か夢中になるものができたのかもしれないな」
母親であることより女であることを選ぶなら、子供は作らなければいいのに。
私は爪を噛んでいるのに気づいて口から手を離した。
「暁君は言ってた。自分は母親から愛されていないって……」
「ああ……。彼女は自分が一番可愛いタイプだった。正直家庭向きじゃない女性だったんだな」
私は嫌な気持ちが心に広がっていくのを止められなかった。
「だったら、子供産まなきゃ良かったのよ。暁君が不幸よ」
私の言葉に敬一さんは自分も悪かったと項垂れた。
でも、敬一さんの前の奥さんがいなければ、暁君はいなかった。暁君を産んだのは私ではないのだ。そう思うと私も複雑な気持ちになった。
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