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「来月は運動会だったな」
三人で朝食を食べるのに少しずつ慣れてきた頃、敬一さんが言った。
「そういえばプリントが来てたね。応援しに行かなくちゃね」
私の言葉に暁君は顔をしかめた。
「もう五年だし、いいよ」
「じゃあ、お昼はどうするの?」
「別に何か持たせてもらえれば勝手に食べる」
暁君はぼそぼそと言った。私は、
「そんなの駄目よ! 私、お弁当作って敬一さんと一緒に応援に行くから!」
と息巻いて言った。敬一さんはそんな私の様子に吹き出し、暁君は困ったように赤くなった。
「それと……」
私は敬一さんの顔色を一度窺うように見て、暁君に向き直った。
「何?」
「あのさ、暁君は兄弟、欲しい?」
私の言葉に暁君の顔から表情が消えていく。私はそんな彼の反応に戸惑った。
「あ、その、いらないならそれでいいのよ? 暁君の意見も聞いてみたいなって」
私が暁君の目を恐る恐る見つめて言うと、暁君は私を睨みつけるような目をした。
「そうだよな。結婚して、これでやっと好きなように出来るわけだ。大人ってわざとぼかした風に言うけど、やることはセックスだろ?」
暁君の言葉に私は目を見開く。私も敬一さんも言葉が出なかった。
「俺は! 俺は!」
暁君はそこでいい淀み、拳を作って泣きそうな顔をした。
「勝手にすれば! どうせ俺なんてほったらかしにされるだけだ!」
切ない暁君の叫びに私は胸が痛んだ。暁君はそのまま席を立って、自室に篭ってしまった。
残された私と敬一さんはしばらく無言で朝食を食べた。
「あんな反応を暁がするなんて」
敬一さんがぽつんともらす。
「子供作るのやめましょう。暁君を大切に育てられればそれでいいじゃない」
私はそうはっきりと言った。
「悪いな。美由希」
「誰も悪くないよ」
暁君を怒らせたままなのが気になったが、二時間後、彼は普通にリビングにやってきて、
「ゲームしていい?」
と訊ねてからゲームをしだした。
暁君が何を思っているのかは分からず終いだったが、私たちはそれきり子供の話題に触れることはしなかった。
その日から私は色んなメニューを作っては、こっそりと暁君の反応を伺うようになった。暁君を傷つけてしまったのだ。挽回しなくては。暁君幸せ計画の第一弾として、暁君の好きなものをたくさんお弁当に入れて、「美味しい」と言わせることが私の目下の目標になった。そしてできれば私に対する「あんた」という呼び方をせめて「美由希さん」に変えたい。
私は暁君とはまだギクシャクした毎日の中で、それだけを胸に料理に打ち込んだ。
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