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エレベーターが着床し、ドアが開いた。
バッグを肩にかけ直し、私がエレベーターに乗り込もうとした、その時であった。
エレベーターから、見知った顔が降りてきた。
渡辺すばる、であった。
「アレ、アンタ塾は?」
こんな所で会うと思っていなかった私は、思わず降りてきたすばるに尋ねる。
「菅野クンが、今日は塾休んででも俺に会いに来い、って言ってきたから……」
渡辺すばるは、伏し目がちに返答すると、私と入れ替わる形でそのままマンションのエントランスへと向かって歩いていく。
「あのさ、いい加減に菅野と付き合うのやめたら?」
小学校時代から、渡辺すばると付き合いがあるというのもあり、お節介とは分かっていても私はつい渡辺すばるの背中に向かって忠告してしまう。
「あんな奴と付き合っても、すばるが疲れるだけでしょ。
人間、合う合わないがあるんだからさ。
変に菅野みたいな不良と付き合うんじゃなく、すばるはすばる自身と気が合う子と、友達付き合いをしていけばいいんだよ」
「そんな奴、誰がいるんだよ……」
すばるは振り返ると、血走った目を私に向けて言った。
「そうやってつるんでくれる奴がいねえから、俺は菅野クンとつるんでるんだよ。
菅野クンと一緒につるんでいけば、俺も菅野クンみたいに『不良』として扱われるからよ。
お前よ、菅野クンと付き合うのをやめろ、とか簡単に言うけど、だったら俺はどうすればいいんだよ。
また、いじめられっ子に逆戻りしろ、って言うのかよ。
確かに、菅野クンと付き合うのは面倒くさいよ。
すぐに、金持ってこい、って言ってくるしよ。
けど、菅野クンとつるんでなかったら、俺は確実にもっと悲惨な生活を送ってるんだよ。
実際、菅野クンとつるみだしてから、クラスの奴は俺に手を出さなくなってきたからな。
それすら分かってねえクセに、俺に『菅野クンとつるむのをやめろ』とか簡単に言うな。
お前も、他のみんなと一緒に俺の事をバカにしてるクセによ」
涙目ですばるは言うと、視線を前方に戻し、私から逃げるようにエントランスへと駆けていった。
幾多もの辛苦によって、ドロドロに澱みきった心情から吐かれた、剥き出しのすばるの言葉。
その言葉に胸が痛くなった私は、エレベーターに乗る事をいつしか忘れ、先程まで目の前にいたすばるの残像を、茫乎といった様子でしばらくの間頭に描き続けていた。
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