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そして、間が悪いとはこの事を言うのか。
行列の先頭にいた客が、水道料金か何かの払込票をジャケットのポケットから出した事により、ただでさえ混んでいるレジは大渋滞の様相を呈し始めてきた。
──ここでそれ出すか、お前。
仕方がないとはいえ、先頭の客に私が苛立ちを覚えてきた、その時であった。
「こちらのレジ、どうぞ」
これまで陳列棚の在庫の補充をしていた青年が駆け足でレジへと入ると、手を挙げる事で残りの客を誘導した。
レジが二つとなり、支線が出来た事によって滞りを見せていたコンビニ内の渋滞は、みるみる内に解消されていった。
くわえて、ヘルプとしてレジに入った青年の手際もよいのか。
流麗かつ、無駄一つない動きで精算を行い、客を出口に送り出す所作と、「ありがとうございます!」と快活に述べる青年のその雰囲気は、私の心を魅了するに十分なモノであった。
「お待たせしました」
そして、ヘルプとしてレジに入った青年が、満を持して最後に残った私を呼んだ。
しかし、私は動く事が出来なかった。
青年のその手際の良さと、フレグランスのように全身から発せられる爽やかな雰囲気に見とれ、呼ばれた事に気付かずにいたからだ。
「……あの、こちらにどうぞ」
すると、一向に動こうとしない私の様子が気になったらしく、レジ内にいる青年は怪訝そうな表情で再び手を挙げ、突っ立ったままの私を呼んだ。
「……あっ、スミマセン!」
私は我に返ると、早足でレジ前に行き、持っていたバスケットをカウンターの上に置いた。
「長々と待たせて、ゴメンナサイ」
レジ内にいる青年は、申し訳なさそうに眉を下げながら言うと、バスケットに入っている商品を手に取り、バーコードをスキャンしていく。
単調かつ、特に華がある訳でもない作業。
しかし、青年が行うとその様は演舞みたく、見る人間の心を捉えるモノがあった。
「あっ、このチロルも二つ下さい」
そして、もう少し青年のその作業を見ていたい、と思った私は、弟に冗談で言っていたチロルチョコを追加で購入する。
「チロルですね」
青年はレジ脇に置かれてある、チロルチョコのきなこもち味を手に取ると、先程のジャンプに続く形でバーコードをスキャンしていく。
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