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その部屋は全てが白く、真っ白な画用紙に鉛筆で線描したようだった。大きなガラス窓から、春のような陽光が差しこんでくる。学生たちと教官がミーティングをする長机も、窓と反対側の壁を覆うキャビネットも、奥に見える教授の机の上に積み上げられた文献と書類の山も、全て光に漂白されたようだった。
長机で紙コップのコーヒーを啜りながらタツヤが待っていると、実験室から戻ってきた指導教官が教授の机から封筒をつまみあげた。
「はい、これ、教授からの推薦状だ」
四十歳を過ぎたとは思えない軽い物腰で、タツヤが春から就職する企業に提出する推薦状を、助教授は手渡した。タツヤは黙って頭を下げた。
「まあ、懸命な決断だと思うよ。就職にしたのは」
講師もコーヒーを淹れながら言った。
「大学院か就職か、ずい分悩んだようだったけどね。今、大学も予算が厳しくて、なかなかポストが空かない。君の卒業論文はユニークだったが、あれを実験で検証して、最適な品種、個体を選別するには、二十年はかかる。君の将来を考えると、研究職をおすすめはできないな」
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