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 友人との飲み会の帰り、タツヤは裏の路地から流れ出す焼き鳥の匂いを嗅いだ。少し飲み足りないから、寄って行こうか。  雑居ビルの一階が開放されていて、煙が外に流れ出している。戸も壁もない。客は道にはみ出したテーブルを囲んで、立ち飲みしている。ネクタイ姿の一団が気勢を上げていた。  タツヤは店内のカウンターのすき間に体をねじ込み、焼酎のお湯割りを頼んだ。焼き鳥が焼けるのを待つ間、不機嫌そうに鳥を焼いている店主をぼんやり見ながら、店内のざわめきに耳を傾けた。ああ何も考えなくていい。タツヤは、こんな風に都会の雑踏に一人でいる瞬間が好きだった。  色々な声がある。うわさ話に花を咲かせるOLたち。若い男たちはバカ話で盛り上がっている。騒めきの底の辺りに、呪詛のように低く流れる声がある。 「なんだなんだ……洪水が出てよう……家が流されちまった……」  すっかり酔っていて、呂律も回っていない。なまりが強い。 「……東京に逃げてきたはいいけんど……家賃は高いし、金はすぐなくなるし……棒振りの仕事も今日でお払い箱だあ……明日から、どうやって家族を食わせりゃいいんだ……」  避難民か。タツヤは背後から聞こえる声に振り返りはしなかった。同情しても何もできない。  各地で発生している、ゲリラ豪雨、強力な台風、竜巻、堤防決壊による浸水、水害の被害に遭った人々が、地元で生活を立て直すことができず、東京に流入していることは、ネットニュースで知っていた。
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