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 カウンターの左側が空いて、誰か入ってきた。ニット服の柔らかそうで大柄な女。ちらと目をやると、池田さんだった。 「お、タツヤか。こんなところで奇遇だね」  と彼女は言う。長くソバージュのかかった髪。セーターを持ち上げる、大きな胸。彼女とこんなに近い距離になったことはない。美人ではないが、面倒見の良さが滲みだして、人をひきつける魅力がある。 「タツヤ、卒業後どうするんだ? 院進か?」 「リョーキから聞いてないんですか。就職しますよ」 「リョーキとは、もう別れたんだ」  そうなのか。前は二人は仲睦まじくて、リョーキが池田さんに甘えているところなど、見ているこちらが恥ずかしくなる位だった。 「気候変動対策の活動は今が正念場だと言うのに……あいつは、淋しいとか浮気したんだろう、とか低次元なことばかり」  池田さんの口調がサバサバしているので、リョーキに何の未練もないんだな、とタツヤは少し淋しくなった。 「お忙しそうですね。テレビのインタビュー見ました。それに、学内でまた集会を企画している? SNSでメッセージが回ってきましたけど」 「ああ、来月末、学生会館のホールを借りてやる。二百人くらいは動員したい。まだまだ足りないよ、政府の方針を変えるには。二酸化炭素規制法を国会で審議させないと」 「待って下さい。あの過激な法律ですか?」  二酸化炭素規制法は、海外の環境保護団体が各国での立法化に向けて活動している法律で、要点は、二酸化炭素を「地球環境に対する有毒ガス」と認定して、排出を厳しく制限することだ。化石燃料による発電の即時停止、ガソリン・ディーゼルエンジン自動車の使用台数を三年で半減する、家庭用ガスの販売禁止など、極めて急進的な施策が並んでいる。それは現代文明を否定することに等しい、と識者が解説していた。
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