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外は快晴で光に溢れているというのに、拘置所の中は異様に暗かった。無機質な外壁が日光を全て跳ね返してしまったかのように、建物の中には弱々しい明るさしか残らない。
橋本は殺人事件の被疑者の男と面会するために拘置所へ来た。長い間、橋本はこの拘置所に通い詰めていた。そして様々な理由で殺人を犯し、捕まった人々を見てきた。橋本は殺人事件専門の弁護士を生業としている。
刑務官に付き添われて出て来た男は、二十代後半のどこにでもいるような青年だった。
「初めまして。担当弁護士の橋本です。」
橋本はゆっくりと言った。冷たい鉄格子に低い声が反響する。
「お世話になります。堀米と申します。」
男は弱気に聞こえるほど丁寧に答えた。薄暗さに目が慣れてきたからか、橋本がもう一度男の顔を見据えると、今度は顔の輪郭がはっきりと分かった。ふっくらとした頬に、柔らかそうな眉。目は円らで真っ直ぐと橋本を見つめている。それはとても殺人者の顔とは思えないほど、穏やかな表情だった。
「橋本先生には申し訳ないのですが、私は弁護してもらうような資格はないと思っています。私が死んでも償いきれるものではありませんが、それでも私に出来ることと言えば死刑になることぐらいしかないのです。ですから、橋本先生がどんなに弁護して下さっても、私は死刑になるべきでしょう。」
堀米は視線を落として言った。憂いと後悔とが長い睫毛の上に乗ったその表情にどこか引き込まれるものを橋本は感じる。
「それでも、あなたを弁護するのが、私の仕事なのです。」
橋本は言った。刑事事件の被告の心理的状況は、大きく分けて二通りに分かれる。否認と受容である。罪を否定し罰から何とか逃れようとする者、その一方で罪を認め罰を受けることを受け入れる者。橋本が思うに、弁護しやすいのは圧倒的に前者である。罪は認めたくないし、罰は受けたくないというのが、人間としての当然の反応だろう。その為なら嘘もつくし、騙しもする。被告がそういう態度をとるならば、弁護士は全て承知した上で彼らの主張に寄り添うだけで済むし、よっぽど人間らしく信頼も出来る。
罪を受け入れた者の態度は、橋本の目にはむしろ傲慢に映る。彼らの多くは真に自分の犯した罪に向き合っている訳ではなく、単なる逃避として罰を受けることを望んでいる。罰を受けて罪が消える訳ではないというにも関わらず、それで彼らは澄まし顔で全てを終わらせようとしているのだ。
「はい、宜しくお願いします。」
堀米は小さく俯いたまま言った。そして見計らったかのように、刑務官が面会時間の終了を告げた。
橋本はもう一度だけ堀米を見て席を立った。
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