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及川薫のマンションを出て、10分程経った頃──時刻は午後3時。
運転している松嶋のスマホに着信があった。ちょうど、住宅街で配達を行っていたので路肩にトラックを停め、電話に出た。
「はい、ミコヒ運輸の松嶋です」
「もしもし、私、及川といいます。家に不在票が届いていたので電話しました」
「あっ、及川さんですね。お世話になります。先程お宅を訪問したのですが、留守だったので不在票を入れさせて頂きました。この後、ご予定がなければ、本日お届けしますが、いかがでしょうか?」
「はい、大丈夫です。ちょっと、近くのコンビニに行っていました。お手間とらして申し訳ないです」
「いえいえ、とんでもないです。承知しました。30分以内にはお訪ねしますが、宜しいですか?」
「はい、けっこうです」
「それでは、参りますので宜しくお願いします」
「宜しくお願いします」
「はい、失礼します」
再配達の依頼を受けたが、本日はほとんどスケジュール通りの運びとなっていたため、急な依頼にも対応しやすかった。松嶋はハンドルを右方向にきると、5分ほどトラックを道路に走らせ、別件の荷物を配達しながら、及川の家の方に戻るようにして近寄っていた。
そして、いざ、及川のマンションに向かおうとしているときに、タブレットにある情報を飛び込んできた。
それは配達先の及川が時間指定し、翌日の19時に配達を変更する通知であった。宅配業界では配送業者、配送元、配送先の3者間の情報が荷物ごとに適時リンクされるシステムを構築している。そのため、及川がネット上で時間指定を依頼したことが、宅配業者である松嶋にもタイムリーに情報が届くというわけだ。便利な世の中になったものである。
便利なツールがある一方、融通が利かないこともある。配送先──つまり、顧客から電話で本日の配送を依頼されたとしても、時間指定がなされればそちらが優先されるのだ。よく、法律の抜け穴というような表現をするものだが、時間指定の優先はそのようにいえるかもしれない。
松嶋は、「及川さん、ついさっき、電話で本日の配達を依頼したのに、翌日に時間指定だなんて、二度手間をとらせるようなことをしてこないでほしいなあ」とつぶやいた。
現状、ミコヒ運輸では、及川という顧客の1つの荷物に対して、配送予定日時を2つ承っていることになる。
「会社の規則は時間指定が優先されるため、お客さん(及川)とのトラブル防止のため、一応、電話でその旨を伝えておくか」
と松嶋はいい、スマホで先ほど着信があった電話番号に発信した。だが、及川は電話に出なかった。
及川のマンションまで5分程度の所要時間がかかる場所に松嶋の運転するトラックは位置し近場ということ、また、電話が通じず仕方がないというのを鑑みて、松嶋は再び及川のマンションに行くことにした。
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