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松嶋は及川宅のインターホンを押した。少しの間の後、こちらに近づく足音がドアの向こう側から聞こえてきた。
「お手数おかけして申し訳ないです。ありがとうございます」
ドアから顔を覗かせた華奢な女性は軽く頭を下げた。
(あっ、綺麗な女性だなあ。黒髪に切れ長の二重。白い肌に小柄でほっそりとしたプロポーション。凛とした顔立ち。芸能人でいうならば、N島美嘉ってところか。うん。改めて見ると、顔が小さいなあ。腕や脚もめっちゃ細いし)
松嶋は目の前の女性に目を奪われた。だが、松嶋も男である。頼んでもいないのに、一瞬のうちに美しい女性の顔、胸、腰をチェックした。女性からすれば、男性が女性を評価しているように見えるかもしれないが、男性の性なのである。手品やミステリ好きな男性に、そんな女ったらしはいないという幻想は抱いてはいけない。
スリーサイズのチェックを終えた松嶋は仕事用の顔をつくりいった。
「すみません、実はお荷物をお届けに上がったわけではないんです」
「あら、そうなの」
「ええ、お電話にてご連絡差し上げようと思ったのですが、出られなかったので、直接ご説明に上がりました。お電話にて本日配送を伺ったのですが、お客様の方で、翌日の時間指定に変更になさっているかと思います。当社の規則上、時間指定が優先されるため、お電話での配送はキャンセルさせて頂き、翌日の時間指定となりますので宜しくお願いします」
「どうしても今、荷物を受け取ってはダメなんですか?」
松嶋はつい、トラックから荷物を持ってきて、女性に渡したいと思った。職業柄、家の玄関で様々な女性を見てきたが、この女性は特に綺麗だった。芸能人にはオーラがあるということを聞くが、目の前の女性にはオーラがあった。
思わず、相手の望むことを無償に叶えてあげたいという感覚に陥りそうになる。しかし、今は仕事中であり、自分もサラリーマンの端くれである。会社の規則である以上、とびきり美人な女性だったからといって、特別扱いするわけにもいかない。
松嶋は残念そうな顔をつくり、「すみません」といいながら同情を誘った。ほどよく、許しを得ると名残惜しそうにドアを閉めた。トラックに戻ると、
「大分手間はとられたけど、すげえ美人な女性に出会えてよかったなあ。及川薫さんかあ」
とつぶやくとハンドルをきり、事務所に戻った。
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