とある配達員の推理

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 事務所に戻り、デスクに向かうと、松嶋は及川という美しい女性を思い出していた。とはいっても、今度は下心からではなく、ミステリ好きからくるものであった。  電話で直接、本日配送の依頼を受けたのが15時頃。ネットで翌日時間指定がなされたのが、15時20分頃。どういうわけか、20分の内に時間指定の申し込みがなされたのだ。  なぜ、麗しき及川さんはすぐの配送を望んでおいて、すぐに翌日の配送を依頼してきたのであろうか。家にいるのであれば、翌日の時間指定を依頼する理由がないはずである。  松嶋は一度、疑問に思うとそのことが頭から離れなくなってしまった。本来あってはいけないのだが、彼は勤務時間中にも関わらず、パソコンとにらめっこする振りをし、ひっそりと推理ショーを始めた。 「こういうのはどうだろうか。及川さんは不在票を見てすぐの配送を希望した。その直後、あらかじめ予定が入っていたことに気がつき、配送を翌日に変更。しかし、改めて確認すると、予定は別日だったことが判明。  勘違いで配送を翌日に変更したが、電話ですぐの配送も依頼している。もしかすると、そのまま家にいれば、宅配業者──松嶋が届けてくれるかもしれない。でも、ちょっと待てよ、忘れていた予定を思い出したときに、日付を間違えるだろうか。普通、二度、三度チェックし、誤りがないように気をつけるはず──。  もしくはこういうのはどうだ。及川さんは芸能人のN島美嘉似にそっくりだった。偏見かもしれないが、やや気分屋な性格をしていて、電話ですぐの配送を依頼したが、急に映画か小説でも見たくなって翌日配送に変更した。趣味を優先して配送の日程を変更したが、俺が及川さんの家に訪れたため、せっかくだからといって、荷物を受け取ろうとした。  でも、あんなにきれいな及川さんがそんな不躾なことをするだろうか。いや、きっと、しない。及川さんは絶対にしない。無論、N島美嘉もね──。  はっ、今の思考は、探偵役を引き立てる周りの脇役みたいな発言ではないか。いかん、いかん、いくら美人だとはいえ、人は腹の中で何を思っているか分からないではないか。現に、今、隣の先輩は俺が事務処理をしていると思っているかもしれないが、こうやって頭の中で推理をしているではないか。  及川さんは実は傍若無人だったとする説も悪くはない。だけど、少しの間だったけど、玄関先でやりとりした感じは、そうは思えなかったんだよなあ──。  コペルニクス的転回をしてみよう。電話で直接、俺に依頼した直後、得体の知れない男が家に侵入し、及川さんが脅され捕まってしまった。その男は及川さんから、すぐに荷物が届くことを、つまり、俺が訪問しに伺う旨を聞き、及川さんに翌日配達に変更させた。  電話をかけても彼女が出られなかったのは、男にスマホを取り上げられていたかもしれない。何も知らない俺が、荷物を届けにあがると、及川さんは素性が分からない男と二人っきりになる危険を回避するために、時間指定の優先という規則の抜け穴に食い下がった。  一応、筋は通る。だけど、こんな非現実的なことが起こるなんて有り得ないよな。まあ、明日も出勤だし、俺が及川さんに荷物を届けることになると思うから直接聞いてみるか。  もしかしたら、このことがきっかけで恋愛に発展するかもしれないしなあ。いかん、いかん、推理と妄想は紙一重だわ。  その後、松嶋は思考を巡らせたが納得する推理が生まれず、仕事の波も徐々に押し寄せてきていたこともあって、本当にパソコンとにらめっこする現実に戻った。
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