SIDE-L(6)

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SIDE-L(6)

 ルイくんが気を利かせて風間刑事に連絡してくれたから、セナは目立つことなく警察に行くことが出来た。  本当に、やることすべてがスマートでそつがない。こんな男の子が彼氏なら、きっと楽しくて幸せな毎日が送れるんだろうな。  とうとう吹きさらしの屋上駐車場で二人きりになった。もう、逃げられない。 「リリ子さん、さっきの話って本当ですか?」  ルイくんが、とびきり優しい笑顔を浮かべながら私に聞いた。 「さっきの話って? 私がセナをずっと待ってると言ったこと?」  私の答えにルイくんは大きく溜息を吐き、一変して恐い顔になる。 「は? ふざけるな、アンタの母親の話だよ。いつから俺に気付いてた?」 「新聞部の部室で初めて会ったとき。あの日から私は、末村瑠依を忘れたことなんかない」 「ははっ、お互い騙し合ってたわけだ?」  自嘲気味にルイくんが笑った。 「ルイくんこそ、私が進藤凛々子だっていつから気付いていたの? どうして知っていて知らない振りをしていたの? 私をどうしたいの? お姉さんが殺された復讐に、殺したいの?」  平静な態度でいようとしても、どうしても声が震える。逃げたい。でも覚悟してルイくんを見つめた。 「そう……殺してやりたいほど憎んでた。アンタを騙して恋人関係になってから、苦しめて殺そうと思っていた。ソレなのに何だよ? さっきの話が本当なら、姉ちゃんが死んだのはオレのせいだってことだろう? しかもアンタを殺したって、人殺しの母親は狂っているから痛くも痒くもないって? アンタの母親を一番苦しめる方法を、ずっと考えてきたんだ。名前を変えた進藤凛々子を探し出して、同じ高校を受けて同じ部に入って、好きになるように仕向けて……全部無駄じゃないか! オレはいったい……誰を憎めばいいんだよ!」  悲痛な叫びに私の胸は締め付けられる。  ルイくんが救われるなら、何でもしてあげたかった。私に出来ることは、何も無いのだろうか?  あぁ……そうだ、一つだけあった。  私は駐車場を見回してから近くに放水弁のある壁に行き、少し高くなった足場を頼りに壁をよじ登った。  それから大きな声で、少し離れたルイくんに呼び掛けた。 「ルイくん! 私が死んでルイくんの気が晴れるなら殺して! ここから突き落としてくれれば、確実に死ぬと思う。あ、そうだ、スマホに遺書を書くよ! お母さんのしたことがルイくんにバレて、自責の念に堪えられなくなったって。ほら! コンクリート塀が自分で乗り越えないと跳び降りられない高さだから、ルイくんが疑われることは……」  ルイくんは一瞬、呆然として私を見てから怒った顔で駆け寄る。 「アンタ、何言ってんだよ? いい加減にしろよな! それじゃぁ、セナさんはどうなるんだよ? セナさんを待つって、約束したんじゃないのかよ!」  そうだ、私が死んだらセナは……?   突然、屋上駐車所を突風が吹き渡り、二十センチほどの幅しかない壁の上にで途方に暮れている私の身体が浮き上がる。 「あっ……!」  落ちる。  落ちて死ぬんだ、私。  ルイくんにもセナにも、何も出来ないまま……。  諦めと後悔、ルイくんへの気持ち、いろいろな感情が脳裏を駆け抜けた瞬間。  ルイくんの手が抱えるように両足を掴んで引っ張った。私の身体は前のめりになって、ルイくんの身体を下敷きにドサリと床に転がる。 「……ってえな。何やってんだよ、リリ子さん。あれだけセナさんに偉そうなこと言っておいて、自分から逃げんじゃねぇよ……」 「……」  のろのろと身体を起こして私は、寝転がったままのルイくんの横に膝を抱えて座った。  ルイくんの言う通りだ。私は逃げようとしたんだ。 「リリ子さんが死んだって、嬉しくもナンモない。生きてても死んでても憎いと想う気持ちが消えるわけじゃないからな。オレはアンタやアンタの母親を憎むことだけが死んだ姉ちゃんのために出来ることだと思っていた。辛いこと悲しいことから逃げるために憎んだ……誰かに自分の不幸を擦り付けなきゃ生きられないと思ってた。リリ子さんや、そのまわりの人も苦しんでるかもしれないなんて、考えたこともなかった……セナさんと一緒だ」  ルイくんは立ち上がり床に落ちていたペットボトルのお茶を拾うと、キャップをあけ一口飲んでから私に向き直る。 「すっかり、冷めちゃったな……。憎み続けるのって結構、難しいんだ。憎まなきゃならないと思うのに時々、楽しいとか嬉しいとか感じることがあってさ。そんな時オレはひどい自己嫌悪を感じて落ち込んで、また憎まなきゃ、姉ちゃんのためにって思うんだけどソレも辛くなってきて……」  冷めたのはお茶なのか、ルイくんの感情なのか判断できないまま頬に涙が流れた。 「ごっ……ごめん……ごめんなさい……」 「許さない。リリ子さんも、リリ子さんの母親も。リリ子さんがセナさんに言ったように、リリ子さんもオレも生きてる限り苦しみから逃れられない。だけど……今日はいろんな事がありすぎて思ったんだ。これからは生き方を変えてみようかなって」 「生き方を変える?」  聞き返した私にルイくんは、少し悲しそうに微笑む。 「あぁ、どうすれば良いか解んないけど……何しろいままで、憎むことしか考えられなかったからさ。いろいろ考えたいんだ。姉ちゃんや母さんや父さん。それにリリ子さんと、リリ子さんの周りの人のこととか」  ルイくんが差し伸べた手を躊躇いながら握り、私は立ち上がった。 「一緒に苦しんで、一緒に前を向けるように頑張ってみる?」 「……うん」 「しっかし、リリ子さん……ひどい顔っすよ? 美人が台無しだ」  いつもの笑顔。でも、いままでの私たちの関係は終わり、新しい関係が始まるんだ。  これからどんな関係になっていくかは解らない。けれど一つ先の扉が開いたことに感謝しよう。  いつか、この冬の澄み切った空のように私たちが、晴れ晴れとした気持ちになれる日が来るのだろうか?  私が空を見上げると、ルイくんも一緒に空を見上げた。
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