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「あのな、俺はもう引退した探偵なんだ。毎朝7時に起こしに来るのはやめてくれないか」 「だって、朝のジョギングやるって言ったじゃないですか?」 「まあ、そりゃたまにはな。毎朝やるなんて言ってないだろ」 「毎日やらなきゃ意味ないですよ」 「何でだ?君が勝手にやればいいだろ」 「だって…朝のジョギング、付き合ってくれるって言ったじゃないですか…」 「いや、そりゃ言ったけど、毎朝なんて聞いてないぞ」 「だって…ジョギング後に毎朝食べる、私が作ったエッグベネディクトとブルーベリーソースのパンケーキとオートミールは絶品だって言ったじゃないですか。毎朝のジョギング後に食べたいから作って欲しいって言ってましたよね?私、毎朝作ってますけど?」 「わかった、わかった。さっさと起きてジョギングでも何でもやりゃあいいんだろ」 「なんか嫌々っぽいんですけど」 「君のエッグベネディクトにありつくためなら、この際嫌々でも何でもやってやるよ」 「わかりました。それじゃあジョギング後にご用意を」 「それだけはよろしく頼む」 要するに食い意地が張っていると、毎朝早朝から叩き起こされた挙句、ジョギングなんぞに付き合わなきゃならなくなるという教訓話みたいなものだ。 こっちはとっくに探偵なんぞ引退した身なんだから、出来る限り怠惰に、特に朝なんかは出来るだけ惰眠を貪っていたいのだが、絶品のエッグベネディクトという人参をぶら下げられて、結局ジョギングに駆り出される哀れな男の物語だ。 住処の廃屋から外に出ると、遠くに砂浜と海が見えたが、まだ早朝なんで人は誰もいない。 「こんないいところに住んでるんだから、少しはこの環境を満喫したらいかがですか?」 「満喫は結構だが、ジョギングという選択肢に限定される筋合いはない」 「まあまあ、そう言わないで。健康にもいいし、それに誰もいない砂浜を毎朝ジョギングするなんて、それだけで気持ちいいじゃないですか。特に今日みたいに天気のいい日は」 大自然まで味方につけちまうんだから始末に悪い。 「君と一緒にジョギングしてるとな、俺にも少しくらいはいる知り合いや友人に、やたらとウェディングの日取りはいつだの、どこでそんなカリスマモデルみたいな超美人を引っ掛けただの、ガチャガチャパパラッチみたいに噂され、間違われてかなわんのだよ」 「そんなのほかっておけばいいですよ。私は探偵事務所の秘書として、所長の健康管理を担当してます、といつも返答してるじゃないですか」 「引退した探偵に探偵事務所なんかないし、秘書なんかいない。ここはただの廃屋だ」 「私が自分で秘書をやるって言ってるんだから、それで探偵事務所も秘書も成立です」 「勝手にしろ。結局エッグベネディクトに吊られた俺が悪いんだ」 「それとディナーのナチョスとポットローストもお好みじゃなかったですか?」 「ああ、それで全てお手上げだ。せいぜい食い意地で人生をすり減らす羽目になった男を哀れむがいいさ」 「哀れむなんて…健康な生活に邁進する騎士にしか見えませんわ」 「騎士道物語を読み過ぎたドン・キホーテになんて俺にはなれないよ」 「いいえ」 俺の秘書を自称する女は、そう断言しながらおもむろに首を振ったが、すぐにジョギングを開始したので、俺も仕方なく足を踏み出す羽目になった。
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