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ジョギングを終えた後、俺の秘書を自称する女が作る待望のエッグベネディクトにありつき、満足して食欲を満たした。 朝から食べるエサが美味いというのはいいもんだ、と改めて思う。 俺が自分で数年作ってきた朝の手料理だってそれなりにイケるものになってきたと思っていたが、さすがに上には上がいるものだ。 彼女はまさに手料理が上手いというだけで価値のある女だった。 価値だなんて、それでつまらない値踏みをしているわけではないが、少なくとも生きる意味も、生き続ける意味も十分にある女性だ。 俺は美味極まる朝食を食べた後、そんな話を少ししたが、引退した探偵にこの後予定があるわけでもなく、さっき起きたばっかりだというのに、チェスターフィールドのソファに腰掛けながらウトウトした。 「そういえば、仕事が来てましたよ」 キッチンで食器を洗い終えた彼女が、その時不意に口を開いた。 「仕事?仕事なんて俺にはないぞ」 「いいえ、調査依頼があったので引き受けましたから。あなたの仕事です」 「引き受けたって…おい、おい、俺はとっくに引退した探偵だぞ。名球会入りしている奴を何で現役選手として契約するんだ?」 「だって私は秘書ですから」 「秘書ごっこくらいなら付き合ってやらないこともないが、本当に秘書をやるというなら、そんなものははっきり断る」 「それならあなたの好きな朝食やディナーを失うことになりますが」 「ああ、それでもだ。今更探偵事務所だの秘書だの、何の茶番だ?」 「しかし前金はもう振り込まれているはずです。ご確認を」 「ちょっと待て、完全に契約成立しているのか?」 「はい、明日からの日割り計算で前金を戴いております」 「明日?!明日から俺はもう探偵稼業の契約にがんじがらめって訳か?」 「はい、だから探偵事務所も秘書も茶番ではありません」 「いいや、全ては茶番だ。契約も探偵事務所も秘書もな。要するに今から俺がムームーを着てベッドに潜り込み、ここから一歩も動かなければそれで全ては幻と化す」 「しかし本日の午後に、依頼人がこちらにいらっしゃいますから、ムームーに着替えている暇はありませんが」 「ここに来る?大丈夫、それには便利な対処法がある。世間で"門前払い"と呼ばれる手法だ」 「依頼人の伊吹様は警察官です。家宅捜索令状を取れば門前払いのお札は簡単に剥がれると思いますが」 「また伊吹か。…まあ奴なら、いざとなれば令状のお札を取って、こっちのお札を簡単に剥がすだろうな。昔からそういう野郎だ」 「それでは契約をご理解戴きましたので、午後からの訪問に備えてくださいませ。ビジネスですのでムームーはNGです」 「また午後から茶番のはじまりか…」 俺の人生なんてものは、結局こんな筋書きの繰り返しだ。 だから探偵なんか辞めたのに…台本は大して変っていないみたいだ。
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