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4
伊吹刑事が容疑者になっている元警察官の資料が一式入った大き目の封筒を置いて帰ってから、面倒なことに首を突っ込んじまったことを少し後悔した。
特に断れない案件ではなかった。
伊吹自体も途中で依頼を辞退する様子を見せていた。
しかし、元警察官による妻子を殺された恨みの犯行と聞き、それがシロになる可能性があるなら賭けてみたいという気に、急になっちまったんだから仕方がない。
別に警察の威信を守るためじゃない。
俺と同じく、どうしようもない事情で警察を辞めた男に、一度会ってみたくなっただけかもしれない。
伊吹はきっと、こっちがそう思うだろうことを読んで、俺のところにこの案件を持ってきたのだろう。
途轍もなく優れた刑事というわけでもないのに、相変わらず、変なとこだけ鋭い野郎だ。
「君は秘書なんだったよな」
俺は近くにいた自称秘書の女に声を掛けた。
「はい、ボス」
「よろしい。それじゃあ容疑者として今警察にマークされている元警察官のこの資料をまとめてくれないか」
「わかりました」
俺は伊吹が置いていった封筒を彼女に投げると、キッチンに行き、パーコレーターから自分でコーヒーをカップに注いで、その場で飲んだ。
窓から外の景色を見ると、海沿いの浜辺が遠くに見えたが、まだ春先だというのに、数人の女性たちが浜辺でヨガのようなことをやっているのが見えた。
今日は天気がいいとは言え、まだクソ寒いのにご苦労なこったなと思いながら、しばらくはその光景を眺めていた。
「君はヨガなんかやらないのかい?」
不意に自称秘書に声を掛けた。
「やりません」
「そうか。このクソ寒いのに今浜辺でヨガをやってる女達がいるよ」
「そうですか。どうぞご自由に」
「だよな。あれじゃあ風邪引いちまうぜ」
「ヨガ自体には罪はありませんよ。私、前にヨガのインストラクターをしてましたが」
「へえ。もうヨガはやらないのかい?」
「ええ。辞めましたから、インストラクター」
「そうかい」
俺はパーコレーターにまた手を伸ばし、コーヒーを別のカップに注ぎ、そいつをパソコンの前で資料整理している自称秘書のところに持って行った。
「ブラックでよかったかな?」
「ええ。どうも」
彼女は作業をしながら簡単に礼を言った。
元ヨガのインストラクターね…。
彼女になら、いかにも似合いそうだな、と思った。
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