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5
「悪いな。また面倒な案件に首を突っ込む羽目になっちまったよ」
俺はバー「OLD DICK」のストゥールに腰掛けて、ウェイブ形のバーカウンターの向こうにいる馴染みのバーテンに愚痴を言った。
「いっそ正式に探偵として復活したらどうです?引退するにはまだ早すぎますし、何でも、美人秘書もいらっしゃるそうで」
バーテンは素っ気なく呟きながら、チラリと一瞬俺の方を見た。
「伊吹に聞いたのか?あいつもこの店出入りしてるんだな」
「いらっしゃる度に、マティーニを飲まれた後、"俺のS(情報提供者)にならないか?"と勧誘されます」
「やはりな。奴はお前が昔、俺のSだったことを知ってるからな」
「今もそのつもりですが」
「恩にきるよ」
「それで、今回は何です?」
「元警察官による復讐殺人だ。昔妻子を殺された刑事が、捜査の末、浮かんだ最有力容疑者に暴行を加えたため、警察を去った。容疑者は不起訴、無罪になったが、そいつは刑事を辞めてからも執拗にその元容疑者を追い続け、ついには殺しちまったって容疑で現在逃亡中だ。俺はこいつがシロである方に賭けてる立場だ」
「警察の威信ですか?」
「伊吹はそれ目的で俺に依頼してきたが、俺は個人的に本当にシロであることを望んでるだけだ。ただのロマンチシズムだと言われればその通りだ」
「あなたがロマンチシズムだけで動くとは思えませんが」
「こいつは探偵の勘というより、元刑事の勘だな。何年も放っておいて、何で今更いきなり容疑者を殺すんだ?不自然すぎる」
「なるほど」
バーテンはそう言いながら、ブッカーズのオン・ザ・ロックが入ったグラスを俺の前に置いた。
俺はすぐにグラスを掴み、ブッカーズで一杯やってから深呼吸した。
気持ちが体の中から高揚するのと同時に、妙にスッキリした。
BGMで流れているのは、1950年代ブルーノート風の、バップ・スタイルのクール・ジャズだった。
アルトSAXを中心に4管、ベース、ドラムの編成だろうが、聴いたことのない曲や演奏だった。
「こいつは50年代のブルーノートではなく、新譜です。アルトSAX奏者クリス・バイアースの新作です」
「へえ。どおりで聴いたことないなと思ったよ」
「オールドスタイルが気に入ってます」
「俺も身につまされるから一発で気に入ったよ。我らオールドスタイルに」
「乾杯」
俺は自分のグラスを、カウンター向こうのバーテンの持つテイスティンググラスに重ねた。
「こいつは資料一式だ」
「どうも」
バーテンは、俺が伊吹から貰った事件資料一式が入った封筒を受け取ると、すぐに中から紙片を取り出して簡単に眺めた。
「この容疑者の元刑事なら、知ってますよ」
「え?」
驚く俺の前で、バーテンはその後、無言で事件資料を読み耽った。
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