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殺人の容疑をかけられ、逃亡している元刑事は橋本了一という名だ。 橋本はノンキャリアだが交番勤務を経て、所轄の捜査一課に配属され、その後本庁(警視庁)捜査一課にまで転属された優秀な男だ。 写真を見たが、中々美しい顔立ちな上に、筋骨隆々とした引き締まった美男子だった。 だが妻子が殺されたことで運命が狂っちまった。 その後は暴行事件、実質警察をクビになるように依願退職、そして今や殺人容疑の逃亡犯ってことになっている。 もしバーテンのところに拳銃を買いに来たのだとしたら、奴にはそいつを使って妻子の復讐をする意志があった公算が強くなる。 橋本はバーテンから拳銃を買っていないし、ハイボールを引っかけて早々に帰っていったらしいから、単にバーOLD DICKの、まるで1920年代禁酒法時代の秘密のスピークイージー(酒の密売所)のような雰囲気を味わいに来ただけかもしれない。 だが、どうにも制服警官が、紛失したリボルバー・S&W M360J SAKURAをバーテンのところに買いに来た後というのが気になる。 俺はさっそく橋本の警察官時代の交友関係に現役の制服警官がいないか調べることにした。 さっき伊吹刑事にその調査を依頼したが、奴はもうすぐこのダイナーにやってくるはずだ。 俺のところに話を持ってきたのが伊吹なのだから、出来るだけ協力してもらう。 ダイナーの窓際の席で、七面鳥のクレープを食べながらキリマンジャロコーヒーを飲んでいると、少々遅れて伊吹が店に入って来た。 「遅いぞ」 「こんなランチ時なんぞに、刑事がクソ忙しいことくらい知ってるだろ」 伊吹はそうぼやきながらも俺の前の席に座り、やって来たウェイトレスに、チリソースとコリゾ・ソーセージを挟んだタコスと、コーヒーを注文した。 「さっそくだが、逃亡している元刑事と交友関係のある現役制服警官がいたのかどうか教えてくれ」 「お前に調査を依頼したはずなのに、俺が調べる係なんて納得いかないが、橋本のハコ番(派出所)時代の同僚に制服警官がいたよ」 伊吹は、ウェイトレスが持ってきた、チリソースがたっぷりかかったタコスを口にして辛そうな顔をしながら、そうぶっきらぼうに言った。
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