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「ったく、あんなに思いっきりぶん殴る事ないじゃねーか……」
サウナのベンチに腰を掛けた俺は、頭に出来た大きなタンコブを撫でつつ、ボソリと独りごちた。
ちなみにドラッチェは、怒って頬を膨らませながら、一人でジャグジー風呂に向かっていった。
……まあ、少し時間が経てば、あいつの怒りも治まるだろう。
それはさておき、
「にしても──貸切状態のサウナって、なんだか豪勢な気分だな」
亀の湯には心臓に負担をかけてはいけない老年代の客が多いせいか、サウナを利用しているのは俺だけで、実質貸し切り状態だった。
周りに誰も居ない開放感と、身体の芯からジワジワ暖めてくれるサウナの熱が相まって、なんとも気持ち良い。
と、そんな事を思っていたからフラグが立ってしまったのか、サウナの扉が開いて一人の男が入ってきた。
歳は三十代前半ぐらいで、短く切り揃えたスポーツ刈りが、日に焼けた浅黒い肌によく似合っている。
それとかなり鍛えているらしく、大胸筋がこんもりと膨れ上がって、シックスパックが綺麗に割れていた。
亀の湯の客は爺さん婆さんばかりだと思っていたけど、この人みたいな若者も居るんだな。
「お隣、失礼してもいいかな?」
「え、ええ……どうぞ」
甘いマスクでそんな事を言われたものだから、俺は特に違和感を覚えずに、隣に座る事を許可してしまった。
しかしよくよく考えてみると、俺たち以外にサウナを使っている人は居なくて座る所は沢山あるのに、どうしてわざわざ俺の隣に座ったんだろうという疑問が浮かぶ。
「ふう……。僕はジムで働いていてね、仕事終わりにこうして亀の湯に来るのが日課なんだ」
おおう……!? いきなり話しかけてきたぞ。
「そ、そうなんですか」
「うん。だから、常連のお客さんの顔は、亀井さんよりも覚えていたりするんだよ。あ、ちなみに亀井さんっていうのは、番頭のおばあさんの事ね。……それで、そんな僕でも見た事のない顔があったものだから、ついついこうして話しかけてしまったんだ。すまないね」
「いやいや、全然構いませんよ。おっしゃる通り、実はウチの風呂が壊れちゃいまして──」
それにしても、すごい饒舌だな。初対面の俺に対してこんなにベラベラ喋れるだけじゃなくて、俺自身にも喋りやすいような話し方をしてくれている。
大層なコミュ力だ。流石、ジムで働いているというだけの事はあるな。
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