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***
あれから3日経った。
私は仕事を休み、実家で過ごしている。
昨日は実家に父の姉が来てくれたが、病院には行かずに帰ってしまった。
「もうちょっと良くなってから行くよ」
そう言って、伯母は目を潤ませた。
「カランコエが……」
家の門のところまで伯母を見送りに出たとき、門に置かれたカランコエの鉢植えを見た伯母が呟いた。
「こんなに寒くても大丈夫なのねえ」
「うん。……だから、大丈夫」
伯母は驚いたように私を見た。そしてまた、目を潤ませた。
「そっか、そうだね、大丈夫だね」
そう、だから、大丈夫。だって私が舵取りしてるんだし。
母も少し落ち着いたようだ。もちろん、あの母のことだから、私の知らないところで泣いているかもしれない。悲しくなったら泣くといいよ。涙は悲しみを減らしてくれる。
「こんにちはー」
ICUに顔を出すと、顔馴染みとなった看護師さんが、にっこり笑って挨拶してくれる。
「これ、洗濯物です。体を拭いたので、ちょっと多いんですけど」
「いつもありがとうございます。何か必要なものはありますか?」
「んー、今のところ大丈夫です。あ、山崎さん」
「はい?」
「もう意識ははっきりしてるので、叫ばなくても大丈夫ですからね」
「あ、はい」
苦笑いする看護師さんに苦笑いを返して、父のベッドに近付く。
父の意識は戻った。だが、人工呼吸器を外すことはできず、気管切開を行い、父は声を失った。
「お父さん、昨日より顔色いいじゃん」
「うん」と父が頷く。右手がチューブのほうにぐいと伸びたので、慌てて父の右手を掴む。まだ熱があるのか、父の手が熱い。
「看護師さんたち困らせちゃダメだよ。もうちょっと良くなるまで我慢ね」
父が、人差し指を出したので、私は慌てて「あいうえお表」を父の目の前に翳した。
ゆっくり、ゆっくり、ひと文字ずつ、父の指が言葉を紡ぐ。
お ま え
こ こ で
さ け ぶ な
なんてこった、聞こえてたのか!
「あはは、ごめん、看護師さんにも怒られちゃったよ」
でも、聞こえてたなら良かった。
舵は私が取ってるんだから。
だから、お父さんは、大丈夫だよ。
[了]
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