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卒業式当日
卒業式の日が来た。
二年生は式典に出られるが、わたし達一年生は部活単位でのニ〜三人ずつが代表として校舎の前でスタンバイし、校門へと向かう卒業生を見送ることになっている。それが毎年の光景だ。
わたしは演劇部の代表の一人として、先輩達を待っていた。これが最後のステージだ。わたしにとっても。
やがて、卒業証書の筒を手にした卒業生達が三々五々校舎から出て来た。自分の部の先輩を見つけ、周りの生徒達が声を上げる。
「先輩、卒業おめでとうございます!」
「今までありがとうございました!」
先輩達も声の主に向かって手を振ったり肩を叩き合ったり、「ありがとう!」「おまえもがんばれよ!」とか返したりしている。
やがて、人波の中からわたしのお目当ての人が現れた。大江先輩と三枝先輩が、寄り添うように歩いて来る。
「先輩!」
わたしは叫んだ。
「卒業、おめでとうございます!」
三枝先輩がわたしの声に気づいて、振り返った。にこり、と微笑む。と、三枝先輩はすたすたとこちらに近づいて来て、ふわり、とわたしをハグした。
(え?)
何が起こったのか、とっさにはわからなかった。いい匂いがする。先輩の匂い。こんなに近く。吐息。身体の温もり。どきどきする鼓動はどちらのだろう。わたしはただその場で固まっていた。
先輩は、わたしの耳元でそっとささやいた。
「わたしがあなたにしてあげられるのは、ここまでよ」
わたしは戸惑って、大江先輩の方を見た。大江先輩は微笑みながら首を振った。俺はなんにも言ってないよ。
「賢ちゃんにわかったことが、わたしにわからないと思った?」
少しからかうような、声。三枝先輩の、柔らかく澄んだ声。
ああ──そうか。わかっていたのか、この人は。
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