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「それは、本当に俺でいいの?」
カフェでの大江先輩の問いかけに、わたしはとっさに言葉を返すことが出来なかった。
「え、……それは、どういう……」
「だって、君が好きなのは俺じゃないよね?」
当然のことのように、大江先輩は言った。
「君の視線は、いつだって俺の隣に向いてた。君が見ていたのは俺じゃない。俺の隣にいる──三枝次美だ」
……そうだ。わたしが恋をしたのは、大江先輩の恋人である三枝先輩だ。少しウェーブのかかった髪も、柔らかな薄紅色の唇も、細くしなやかな指も、白い肌も、触れるのを許されたのは目の前のこの男だけだ。
「君にとっては俺は恋敵だ。今日ここへ来たのは、そんな俺に君が何を言いたいのかなと思ってさ」
大江先輩の言葉には、余裕が感じられた。三枝先輩に愛されているのは自分だという、圧倒的な自信と余裕。わたしはその前に、白旗を上げるしかない。
「……そんなんじゃないですよ。わたしは、大江部長に話があるんです」
「──演劇部部長に、か」
大江先輩の表情が、瞬時に切り替わった。わたしの恋敵から、演劇部の部長の座を受け継いだ者の顔になる。
「部長には、観客になっていただきたいんです」
そう。わたしのラストステージの観客になれるのは、この人しかいない。
「観客? 何のステージ?」
「卒業式、です」
わたしはきっぱりと言い切った。大江先輩は少しだけまたたきをした。
「……そうか。演じ切るつもりなんだ」
「はい」
大江先輩の言葉に、わたしはうなずいた。
「俺はきっと、厳しい観客だよ?」
「覚悟してます」
大江先輩は、にっこりと笑った。憎たらしいほどに美しい笑顔で。
「それじゃ、楽しみにしてるよ。君の“演技”を」
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