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──わたしは演劇部に入った時から、ずっと演じて来た。三枝先輩の前で、「先輩を普通に慕うただの後輩」を。だから、最後の最後までその演技を全うしようと思ったのだ。
でも、わたしの想いだけでも誰かに覚えていてもらいたくて。これが演技だということを、誰かに見せたくて。
先輩の卒業式をわたしの恋心のラストステージにしようと、以前から決めていた。ステージには「観客」が必要だ。これがどういう舞台なのか、ちゃんと理解してくれる観客は──皮肉にも、大江先輩しか思いつかなかった。
先輩とわたしの恋に別れを告げる舞台は、しかし、思わぬアドリブを振られてしまった。
わたしの気持ちを知った上での、友愛のハグ。これだけ、と三枝先輩は言った。示せるのは、このただ一度のハグだけ。それ以上の気持ちには応えられない、と。
好きです、と思わず口からこぼれそうになった。……いや、ダメだ。それを言ってしまってはいけない。わたしの演技が、根底から崩れてしまう。この演技を最後まで続ける為に、一番厳しい観客を選んだんだから。
大江先輩が見守っている。三枝先輩がわたしから離れる。わたしはただの後輩。恋ではなく、友愛の情しか持たない、同性の後輩。演じろ自分。最後まで。
「先輩!」
そして、わたしは去り行く背中に叫んだ。
「ありがとうございました!」
振り返った三枝先輩が、にこりと笑う。その笑顔を、瞬時に目の奥に焼き付ける。なんて可愛いひと。どこまでも手の届かないひと。
大江先輩が、小さく手を叩く仕草を見せた。ああ、これはスタンディングオベーションだ。
わたしは深々と頭を下げた。二人が校門を出て行く気配。わたしの眼からぽとぽとと涙がこぼれ、地面に吸われて行った。
多分、大成功だ。わたしの恋という演目の最終公演は。わたしはちゃんと後輩の役を演じ切ることが出来た。
幕が下りる。
恋が終わる。
始まったばかりの春の日差しと淡い温もりの中で、わたしの涙は、まだしばらくは止まりそうにない。
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