track1

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22時頃、iPhoneがピロンと鳴り、川ちゃんから着いたよと連絡が来た。彩花はスッピンでリラックスした服装のまま玄関に向かった。 母親と住んでいる一軒家の玄関ドアが音を立てないようにそっと閉めて川ちゃんの愛車であるピンクのミラココアに乗り込む。 お互いにおつかれーと同時に言って笑い合う。彩花が一番リラックス出来る時間だ。 川ちゃんもスッピンで今日の仕事の愚痴を言いながら車の中にレペゼン地球の曲を流し、車を動かす。 帰宅したらなるべく早くクレンジングでメイクを落とし、充分すぎるくらいスキンケアを丁寧にたっぷりする。職業的にも肌は商売道具なのだ。肌の汚い美容部員から高い美容液を客は買わない。だからこの夜遅い時間には彩花も川ちゃんもスッピンでいたい。 そう、実はこの川ちゃんとは、先輩の川田さんのことなのだ。 川田さんを川ちゃんと呼ぶようになり、お互いタメ語を使いだしたのはいつだったか。女の世界は上下関係が驚くほど厳しい。正に体育会系だ。 川田さんは彩花の半年ほどの先輩という世間的にはほぼ同期だ。しかし彩花は川田さんより1つ歳が上だった。しかしこの会社は半年だろうが1日だろうが年下だろうが先輩は先輩。タメ語なんてもってのほかだ。 彩花自身は年下に敬語を使うことに何もためらいは無かったが、それが嫌で辞める人も少ないが何人かいた。 だから彩花は仕事中は絶対に川ちゃんのことを川田さんと呼び、必ず敬語を使う。きっちりと切り替える。もしこのことが辻井店長の耳にでも入れば軽く1時間は叱られる。 辻井店長は根っからの生真面目な体育会系なので何かにつけて非常に厳しい。言葉遣いは特にだ。 新人の頃、ミスをして辻井店長に怒られて、すみませんでしたと謝ると、更に怒られた。謝罪する時は申し訳ございません、だと。間違ってはいない。でもいつ何で怒られるか入社して3年経っても彩花には全て把握することは出来ないでいる。
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