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自分の部屋に帰り、一人寝る時は、本当に寂しかった。
毎夜の様に、俊介に抱かれていた日が、恋しかった。
電話をしたくなって、何度も携帯を持ったが、俊介の声を
一言でも聞いたら最後、何もかも捨てて、飛んで帰りたくなる。
だから、ボタンは押せなかった、俊介からも電話は無かった。
きっと同じ思いなのだと思った。
布団に入って、眠りにつくまでが、一番辛かった。
俊介の逞しい腕や、広い胸、熱い唇が欲しかった。
強く抱きしめられ、深く深く貫かれたかった。
俊、俊、毎夜涙を流し、名を呼んだ、夜が明けると
その寂しさを振り払うように、一心に、豊の看護に没頭した。
二月になった、豊は更に蘭子に甘え
就寝時間になると、眠るのが怖いと訴えた。
蘭子は、ベットに乗り、豊を赤ん坊の様に、横抱きにし
胸の中に顔を埋めさせ「大丈夫、何も怖く無いわ
ほら、私が抱いているのよ、何も心配しないで、ゆっくり眠って」と
優しく頭を撫でて、寝せ付けた。
そんな日が続いた、朝早く、高倉が血相を変えて、蘭子を迎えに来た。
豊の症状が、急に悪化し、医師が、身内の人を呼ぶようにと、言ったのだ
病室に駆けつけると、もう、守も景子も来ていた。
近しい親戚や、顧問弁護士の山城の姿も有った。
豊は、蘭子、蘭子と、呼び続けていた、蘭子は、ベットに駆け寄り
豊の顔の傍に、自分の顔を近づけ「パパ、蘭子はここよ」と、言った。
パパ?部屋の空気が固まった。
「蘭子、怖い、怖い」豊は、恐怖に震えていた。
蘭子は、ベットの上に上がった、部屋中の者が、ぎょっとした。
蘭子は、いつもの様に、豊の頭を自分の胸に抱き
「大丈夫、何も怖く無いわ、蘭子が抱いているわ、蘭子が一緒なのよ」
そう言うと、優しく頭を撫でた。
豊は安心し、嬉しそうな顔をした、部屋に居る者は、言葉も無く
ただ蘭子と、豊を見ていた。
蘭子の姿は、まるでキリストを抱く、マリアの様だと、誰もが思った。
暫く、頭を撫でていた蘭子の手が止まり、大きな目から
ぽろぽろと涙が落ち、そっと豊の頭を、元の枕に戻した。
医師が、慌てて脈を取り、目を見て「七時四十二分、ご臨終です」と
告げた、景子が、わっと泣き伏し、守は、腕で顔を覆った。
蘭子は、そっと病室を出て、自分のマンションに帰った。
やれる事は、全てやった、思い残す事は無い筈だったが
やはり涙は零れた。
市川豊の社葬は、代々的に行われたが、蘭子は、出席せず
その様子は、テレビの画像で見た。
直ぐにでも、俊介の元へ帰りたかったが、葬儀の様子を見ていた蘭子は
もう直ぐ、遼と母の一周忌が来る、その法事を済ませてから
帰ろうと、決めた。
一週間が過ぎた、忙しくて、ずっと姿を見せなかった高倉が
迎えに来た「何?」「社長の遺言状を開けますので
蘭子様を、お連れする様にと、山城様が、おっしゃいました」
そんな場所に等、行きたく無かった、蘭子がパパと呼んだ事で
自分と豊関係が、バレてしまったのに。
案の定、部屋に入ると、皆の冷たい視線に晒された。
蘭子は、隅っこで、小さくなっていた。
「では、ご遺言状を読みます」山城は、コホンと咳ばらいをし
「遺言状、私、市川豊の全財産は、長男、守」
守は、当たり前だと言う顔をした。
「長女、景子」景子も、期待を込めた顔をする。
「養女、蘭子、この三人に、均等に分け与える」ざわっと
部屋中が騒めいた、養女だって?三人に均等だって?
誰も、納得できなかった、当の蘭子でさえ。
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