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01
ぴぴぴ、ぴぴぴ、と鳴り響く電子音に意識が浮上する。
うーん、と唸りながら枕元に手を伸ばし、音の発生源であるスマフォを掴んだ。そのまま、画面を見ずに操作できるほど繰り返した動作でアラームを解除する。
今が何時なのか確認するのも億劫で寝返りをうてば、狭いベッドのなか隣にオーウェンが寝ていた。オーウェンも俺のアラームで起きたのか、ぼんやり何度か瞬きをしている。
なんだかこのセミダブルのベッドも、アラームで起きるのも久しぶりな気がする。それに俺の部屋にオーウェンがいるのが不思議な感じがするな、と思ったところで意識がいっきに覚醒した。
「ここって……」
「ユキの世界、か?」
「そうみたい……俺の部屋だ」
ベッドから起き上がると、俺が暮らしていたときと何も変わらない景色があった。
会社の先輩から譲って貰ったテレビも、大きいとは言えない部屋も、濃いグリーンのカーテンも、すぐ外で聞こえる鳥の声も、すべてが変わらず目の前にある。
どうして突然、なんで今更、と呆然としながら、物珍しげに部屋を見渡すオーウェンと見つめ合った。
「どうして突然こっちに来たんだろう」
朝食として作った目玉焼きに醤油をかけながらそうこぼしてみる。
テーブルを挟んで向かい側に座るオーウェンはマグカップでコーヒーを飲んでいた。そして特に焦ってもいない様子で口を開く。
「わからないことだらけだが、しばらくすれば戻れるだろう」
そう口にしたオーウェンは俺の手から受け取った醤油を自分の目玉焼きに垂らす。
王子がいなくなってしまっては色々と大変だろうにと思うが、俺の中にも漠然と、この世界にいられるのは今日一日だけだという思いがあるため、オーウェンも同じように感じているのかもしれない。
起きてまずスマフォで日付を確認したら、俺がオーウェンの世界に行く前、電車で帰っていた日の次の日を示していた。
どうやらこっちの世界では、俺がいなくなってから一夜が明けたくらいしか経っていないらしい。それか俺が過ごしていたのとは別の時間軸に来てしまったのか。
そのあたりは考えても答えが出ないのと、考えるのがなんだか怖くてあまり考えないようにしていた。どうせ俺はオーウェンの世界に戻るのだし、今がいつかもあまり関係がない。
深く考えるのは止めようと白米を口に運ぶ。久々の白米の甘みに感動しながら、向かい側に視線を向けた。
ベッドで起きた時は俺もオーウェンも下着しか身につけていなかったため、オーウェンにはタンスから引っ張り出したシャツとハーフパンツを着てもらっている。
いつもはシワのない服を着て完璧な王子のオーウェンが、俺のよれた服を着て手櫛で梳かしただけの髪のまま、俺の部屋で朝食を食べているのが不思議で、ソワソワとして、そして照れとときめきにも似た感情を俺に抱かせた。
形の良いとは言えない目玉焼きをふたりで食べるのは、日本に住む普通の恋人のようでくすぐったい。
「これからどうする?」
「行ってみたいところがあるんだが、いいか?」
「オーウェンが行きたいならどこでも案内するよ」
すぐに答えが出るほど、オーウェンがこの世界で行ってみたい場所があったなんて思っていなかったため驚く。
ありがとう、と礼を口にするオーウェンは真剣な表情のため、いったいどこなんだろうとますます困惑した。
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