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 あれだけ毎日乗っていたのにと、久々に乗った電車に懐かしさを噛み締めていた。  がたんごとん、と揺れながら俺たちを運ぶ電車は、和やかな景色のなか進む。  朝の通勤ラッシュ後の車内はほどよく空いていて、扉の向こうに流れる景色を楽しんでいた。 「ユキの世界にはこんな乗り物があるんだな」  流れていく景色を眩しそうに眺めながら俺の隣に立つオーウェンが言う。まさかオーウェンと一緒に電車に乗る日がくるなんてと、俺は未だにオーウェンがこの世界にいることに慣れずにいた。  俺が貸した服である、白いシャツ、黒のブルゾンに黒のスキニーパンツを纏ったオーウェンは、外国人のモデルのようだった。  赤い髪もあいまって、日本の電車の中ではすごく目立っている。実際、さっきから女性男性問わず、子供からもちらちらと視線を向けられていた。  しかし幼い頃から目立つ立場だったからか、人に見られていることをまったく気にしていない。  カーキのブルゾンにデニムと俺もオーウェンと似たような格好をしているが、体から放たれるオーラが全然違う。オーウェンはこういう格好も似合うなと見惚れていると、突然電車が大きく揺れた。 「うわっ」  急な振動に倒れないよう足に力を入れる。しかし少し体勢を崩してしまった俺の腰を優しく手が支えた。 「大丈夫か、ユキ」 「うん、ありがとう」  すぐ耳元でオーウェンの声が聞こえる。オーウェンよりも俺の方が電車に慣れているのにと、転びそうになったことに恥ずかしさが込み上げる。  でも転ばなくて良かったと一安心する俺の腰を、そこに置かれたままだった手のひらが撫でた。 「ちょっと、オーウェン!」 「誰も見ていない」  ふたりきりの時のような甘ったるい動きではなかったが、恋人としての触れ方に顔が赤くなってしまう。  俺が何かを言う前に今度はちゃんとオーウェンの手は離れていった。  城でだったら肩を抱かれていようが腰を引き寄せられようが、俺たちを見た使用人たちは穏やかに微笑むだけだろう。もちろん恥ずかしさはあるけど、慣れてきたのも事実だ。しかしここはいつも過ごしている城ではない。  見慣れないオーウェンの格好、そしていつもとは違う場所で、いつもとは違う立場のなかでの少しの強引さに、俺の心臓はいつにも増してどくどくと高鳴っていた。 「ここが、ユキの育った場所か」  見上げる先にあるのは、ところどころ白い外装の剥がれた、古ぼけた建物だった。  あぁ、ここ、こんなに小さかったんだっけ、と記憶の中との違いに懐かしさと切なさに似た気分になる。 「何年も過ごしたはずなのに思い入れとかはなくて、ただなんか不思議な感じ」  朝ご飯を食べながらオーウェンに言われたのは、俺の世界を知りたい、俺が過ごしてきた時間を知りたいということだった。  そして俺たちは今、寂しげに佇む建物、俺の育った施設を見上げている。  ここを出てから来たのは初めてだった。別に特別辛い思い出があるからとかではなく、ただなんとなく、もう来ることはないと思っていた。 「ユキがこの世に生まれたこと、ユキが過ごした場所、時間すべてに、そして俺と出会ってくれたことに感謝している」  不意に触れた指先が俺の指を絡めとり、オーウェンの手と繋がる。なんだかどうしようもなく、隣にいてくれるオーウェンにありがとうと言いたくなった。それはオーウェンも同じなんだろうか。 「俺も同じ気持ちだよ。もっと早く出会えたら良かったのにって思うよ」 「俺も、俺には知らないユキの時間があるかと思うと、悔しいような気持ちになる。けれどこうして一緒にいられるのだから、これからお互いの知らないことを知っていこう」 「……そうだね」  俺にはオーウェンの知らない時間があって、オーウェンには俺の知らない時間がある。それはどうしたって変わらない。  けれど知らないことがあるということは、知る楽しみがあるということなのかもしれないなと、繋いでいる手を強く握り返した。  俺たちは隣にいるのだから、望めばなんだってできる。
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