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プロローグ
榛名慶はずっと待っていた。
昼下がりの街は賑やかだ。ガラス窓の向こうでは人が道を取り合うようにして歩いている。駅前のビルが並ぶ大通りにあるパンケーキ専門店――客層の九割が女性――で一人で飲み物だけを飲んでいる図、というのは周りから一体どんな目で見られているのか気になって仕方がないまま、二人席で人を待ち続けて小一時間が経過しようとしていた。
「よかったら、お飲み物のおかわりお持ちしましょうか?」
店員の立派な気遣いが慶には辛く感じた。ちらりと女性店員を見、「結構です」と口早に告げ、すぐに視線を手元の携帯に戻す。待ち合わせ相手からの連絡は、まだない。
無口で不愛想。それが、よく言われる慶の第一印象だが実のところは単なる人見知りだ。今だって店員の気遣いが恥ずかしくてたまらない。どう思われたのだろう、迷惑客か、それとも男一人でパンケーキを食べにくる恥ずかしい客か。気になって仕方がないし、店員への返事もあれで正解だったか、などと悩みが尽きない。
「あー、また慶が罪深いことしてるー」
人の頭の上にあごを乗せ、そうやって人の神経を逆なでることを楽しそうに言う男を、慶は一人しか知らない。見上げて顔を見ずとも、ようやく待ち合わせ相手が来たことがわかった。
罪深いこと? またわけわからないこと言いやがって。こめかみ辺りに血管を浮かび上がらせた慶は顎の上にある頭をしっしと追い払った。
「日向先生……」
「や」
「おっそいんですよ。待ち合わせは十二時半でしたよね? 送れるなら連絡くらいよこしてください」
「はは、まるで、待ち合わせに遅れた彼氏に文句を言う彼女みたいだ」
「あの、気色悪いこと言わないでください」
慶の待ち合わせ相手である日向皐月は、ひらひら笑いながら慶と向かい合わせの席に座る。そして「いちごたっぷりパンケーキ、クリーム大盛りでお願いします」と無駄にいい顔を使って、店員がやって来る前にやたらいい声で注文をした。日向のメニューのチョイスを耳にしただけで、慶は吐き気を催す。
日向を呼び出したのは慶だが、待ち合わせ場所と日時を指定したのは、日向だった。二十八にして引くほど甘党な彼の、慶への嫌がらせだ。
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