かみさまのたったひとりのおひいさん

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 次の日も、神社の石段を登ると男が立っていた。昨日と同じくくるりと振り向いた男に、碧はぺこりと頭を下げる。 「あそんでも、いいですか……?」  男が頷いて見せると、少女はリュックサックを下ろし中からウサギのぬいぐるみを取り出して遊び始めた。  社の柱に背を預けまじまじと観察してみるが、少女は見られている事に居心地の悪さは感じていないようだった。  無邪気に遊ぶ少女の可愛らしさに、男はこのまま少女を閉じこめてしまいたい気持ちが湧き上がりかけたが、ゆるく首を振って掻き消した。  数日に渡り顔を合わせた事で、碧は少しずつ男に対して警戒心を緩めていく。  男も同様に、ただ遠巻きに見ているだけではなく、距離を詰め会話をするようになった。 「ばぁばのおはな、とっておこられたの」 「そう」 「おはな、うーちゃんがすきなの」  うーちゃん、と紹介されたのは、いつものウサギのぬいぐるみだった。  ふむ。と、男は扇子を取り出し片手を袖に隠す。  不思議そうな表情の少女の前で握った手を開いて扇子で仰ぐと、男の手のひらからはらはらと花弁が溢れ出した。  わぁ。と小さな口をぽかんと開ける少女の手に、男は手を重ねてとんとん、と手の甲を叩く。 「開いてごらん」  と、言われるまま碧が手を開くと、手の中に季節外れの桜の花があった。  少女は何度も桜と男を見て、はー……。と息を吐いた。  男は碧の肩に落ちた髪を指先で摘まみ、懐から出した紙に包んだ。 「此れは対価として頂くよ、おひいさん」  紙を懐に戻す男に、碧は小さく頷いた。 「おにいさんは、おねがいをかなえてくれるひと?」  少女の問いに、男は言葉を選びながら口を開く。 「お願いに見合う供物があれば、叶えてあげられるよ」 「くもつ?」 「そうだね……お願いと何かを取り換えっこ出来る、と思っておくれ」  うーん。と考え始める碧に、男はくすくすと笑う。 「可愛らしいおひいさんのお願いなら、対価無しで叶えてあげたいのだけれどね。決まりは守らなければならないのだよ」  難しい話に首を傾げる碧をひょいと抱き上げ、赤子をあやすように揺すりながら背を撫でた。  ぽかぽかと暖かい揺り籠の中にいるような感覚に、碧はとろとろと目を閉じて眠り始める。 「良い子だ良い子だ。可愛い、美しい、欲しい欲しい」  すやすやと眠る少女を見下ろしながら、男はさらさらの前髪を指先で退け、額を円を描くように撫でた。  しばらくして眠りから覚めた碧は、男の膝の上で遊ぶようになった。
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