かみさまのたったひとりのおひいさん

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 それから雨の日が三日続き、碧は家で祖母の手伝いをしながら過ごしたが、とても退屈だった。  窓の外を見ても、しとしとと降る雨が水たまりを揺らすだけで、鳥も蝶もいない。  綺麗に咲いた花も濡れた重みで下を向いていて、悲しい気分に拍車を掛けた。  ようやく雨が上がり久しぶりに神社へ向かうと、男の人たちがそこら中に提灯を飾り付けているところだったので、碧は仕方なく家へと引き返し、庭で遊ぶことにした。  何をしても退屈で、ウサギのぬいぐるみを抱えたまま山へ続く細い道を歩いてみることにした。  真っ直ぐな道をただひたすら歩く。  歩いて、歩いて、直ぐに足が痛くなって、しゃがみ込んだ。  そのままころんと横になって空を見上げる。 「おやおや、どうしてこんな所に来てしまったのかな?」  聞き慣れた声に起き上がると、いつも神社で会う男が立っていた。  じわ、と碧の瞳に涙が浮かび、ぽろぽろと零れ落ちる。  男は懐から出した紙で涙を拭き、手の中に包んだ。そして開くと、紙は金平糖三粒に変わっている。  一粒指で摘まみ、男は碧の口元に近付ける。食べるとぴたりと涙が止まった。  残りを碧の手に握らせ、男はひょいと抱き上げる。 「血が、出ているね」  サンダルが擦れて、碧の小さな足の指が血と土で汚れていた。  じっと足を見つめる男に、碧は「あるきたい」と言った。  その言葉を聞いた男は碧の足からサンダルを脱がせ、懐から出した紙で足を包む。とん、とん、とん、と、足の甲を指先でなぞり紙を外すと、足の傷は綺麗に治っていた。  綺麗になった足に、男はまたくるくると指先で円を描く。  下ろそうとした男の着物をぎゅっと掴むと、また抱き上げてくれた。 「可愛いこと。可愛いこと。おひいさん、おひいさん」  男は愛しそうに碧の額に頬を寄せる。 「あと二つ。あと二つ」  歌うように言いながら、男はゆっくりゆっくり歩いて行く。 「かえりたくない」  着物を掴んで離さない碧の髪を、男は優しく撫でる。 「容易く願いを口にしてはいけないよおひいさん。今のは供物が無いから聞き流してあげよう」  でも、と言う碧の唇に、男は冷たい人差し指を当てた。  そしてゆっくりと首を横に振る。 「まだ、まだそれは、いけない。あと二つ。あと二つ」  あとふたつ。  何があとふたつなのだろう。と考えながら、碧は高い空を見上げた。   そして、風が吹いても揺れない、男の顔を覆う不思議な布に、碧はそっと手を伸ばす。 「いけないよ」  触れるより早く、男はそれを咎めた。 「見ては、いけない」  今までとても優しかった男の厳しい声音に、碧は手を引っ込めた。 「どうしても気になるのなら、私のところへお嫁においでおひいさん。そうしたら見せてあげよう」  くすくすと笑い、男は碧を下ろししゃがんで目線を合わせる。 「さぁ、おうちはすぐそこだよ。お帰り」    男の言葉に振り向くと、本当にもう家の近くだった。再び男に向き直るが、そこに男の姿は無く、辺りを見回しても見つけることは出来なかった。  握り締めていた残りの金平糖を口に入れ、家に帰った。
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