かみさまのたったひとりのおひいさん

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 そして、村は夏祭りを迎える。  碧は祖母が用意した浴衣を着せてもらい、一緒に神社へと向かった。  神社では、赤い袴の巫女さんが飾りを付けた狐の面を配っている。  大人も子供も皆面を付けて、やって来る神輿を待っていた。 「御神輿が来るから前に行きなさい」  祖母に背を押され、碧は同じように浴衣を来た子供たちの集団に紛れる。  シャン、シャン、と鈴を鳴らしながら、神輿が神社へやって来た。  迎える村人に、神輿の上から菓子や餅が景気よく撒かれる。  わぁわぁと歓喜の声を上げながら、皆それを取ろうと手を伸ばしていた。  鈴を持った先導の老人が、子供たちに紅白の一回り大きい餅を手渡していく。  碧もそれを受け取り、近くに落ちていた菓子と餅を拾って祖母の元へ戻った。 「それにしても今年は恐ろしいねぇ」 「コトリ様が下りて来てるんだろう?」 「でもやらない訳にはいかないしねぇ」  祖母と数人の女性が輪になって話している。 「本当なのかねぇ?」 「でもヒイラギの田んぼで見たって言うだろう?」 「昨日は西のおとうがアサで見たって」 「嫌だねぇどんどん近付いてるじゃないかい」  大人も子供も思い思いに集まり祭りを楽しんでいるが、碧はぽつんと立ち尽くすしか無かった。 「コトリ様は男も女も関係無く連れて行くんだろう?しばらくは子供は隠さないと」 「ミトさんとこの坊が名前聞かれたって、あれ何年になるかね?」 「もう坊は村出ただろうに」 「怖いねぇ。あんたんとこのあおちゃん、保育園行ってないんだろう?気付けないと」 「あの子は口が無い子だから大丈夫よ。怖がりだし」  けらけらと笑う祖母の声を背中に聞きながら、碧は山の方を眺めていた。  それからしばらくして、碧は祖母と家に帰り、夕方日が傾いてからまた神社に出掛けた。  これから花火が上がるらしい。  祖母は碧に綿菓子を買って渡すと、また昼間と同じく女同士集まって話に夢中になっていた。  人の喧騒から離れようと歩いていると、社の裏手に小さな小道があることに気付いた。  綿菓子を手にしたまま、碧はゆっくりとその道を進む。  薄暗くなっているが、まだ歩くのに支障は無かった。  風が吹く度に草葉が揺れ音を立てる。  碧は足元を見たままのんびりてくてくと歩き、何かにぶつかってようやく立ち止まった。 「おひいさん」  頭上からの声に顔を上げると、男が立っていた。  今日は見慣れぬ黒い装束を纏っていて、顔の布だけが薄暗闇の中で浮かんでいるように見える。 「この道を来てはいけない」  近くから数羽のカラスがガァガァと鳴きながら飛んだ。  じわじわと闇の色が濃くなり、ふらふらと碧は尻もちをつくように座り込んでしまう。 「うぅ……」  身体が鉛のように重くて、気が遠くなりそうだった。  男は碧を抱えると口に手を添えて来た道を駆けて戻る。  鳥がけたたましく鳴くのを振り切りながら神社の明かりが見えるところまできて、ぐったりとした碧の腹に手を添えた。  さっと印を結んで息を吹くと、碧はびくんと身体を跳ねさせ目を開ける。  真っ白になり冷え切っていた頬に赤みが戻ると、男は碧を地面に下ろした。 「此処は貴方が来ていい場所ではないのだよ」 「……ごめんなさい」  碧は俯いたまま小さく頭を下げた。 「さびしい」  綿菓子を握り締めたままぽとりと涙を零した碧に、男はしゃがんで碧の浴衣から菓子を一つ取る。 「今度は私が会いに行こう。それでどうかな?」  そう言うと、碧は大きく頷いた。 「すぐに、とはいかないが、必ず。だからいい子で待っていておくれ、おひいさん」  碧は一度男にぎゅっと抱き付き、「うん」と小さく答えた。  男は碧のお腹にそっと手を添え、何かを探るように動かしてから、また指先でくるくると円を描いた。 「花火が終わってしまう前に、お戻り」  促されるまま歩くと、ドン、ドンと大きな音を立てて花火が上がっていた。  後ろを振り向くと、歩いて来たはずの道が消えそこは鬱蒼とした木と茂みがあるだけだった。
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