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それでも、わたしが提示した条件と一致する物件がここしかなかったのでやむを得なかったのだろう。
文句を言うつもりはない。タカ兄と同じアパートに住みたいばかりに、わざわざ不動産サイトでタカ兄の住んでいるアパートの値段や間取り、周辺の店などを念入りに調べて、ここを紹介してもらえるように仕組んだのは他でもないわたし自身なのだ。
(まぁ……タカ兄の近くに住めるのだからむしろ御の字だ)
「あらあらまぁ、こんにちは」
その能天気な声に思わずギョッとする。奥から出てきたのは、幽霊屋敷とは無縁そうな、ごく普通の小柄なおばあさんだった。
「初めまして。ここの大家をやってる月島です」
おっとりとしていて、人懐っこそうな笑顔を浮かべている。階段を這いずってくる某怨霊とは程遠い。安心した反面、拍子抜けた。
(まぁ、こんな所で某怨霊に出てこられても困るしな)
「ようこそ、<八百万荘>へ。ここの住人はみんな良い人だから、安心して新生活を楽しんでちょうだいな」
「よろしくお願いします」
(幽霊出そうなアパートなのに、神さまみたいな名前だな……)
その後、わたしは八百万荘の基本的な説明を受けた。何らおかしなところはない。見た目はお化け屋敷だけど、どこまでも普通のアパートだった。
説明が終わると、大家さんから空いている部屋の鍵を渡された。わたしの部屋は206号室。ちなみにタカ兄は209号室で、わたしの部屋のすぐ近くだった。
心の中でガッツポーズをしたのはここだけの話。本当は隣が良かったけど、さすがにそれは我儘というものだろう。
建物は幽霊屋敷そのものだったが、部屋の中だけは平凡な四畳半の洋室だった。こちらもちゃんと普通で安心した。
「そういえば、東京は初めて?」
「あ、はい。一応、修学旅行とプライベートで二回来たことはありますけど」
「初めてみたいなものよ。旅行で来るのと生活するのでは全然違うもの」
「そうですね、確かに」
(旅行で幽霊屋敷なんか見なかったしな……)
「慣れない都会を歩き回って疲れたでしょう。お茶とか飲み物はいらない?」
「めっちゃいります!」
「いやいや、少しは遠慮しろよ」
「ふふ……可愛らしいお嬢さんね」
「すみません、何か……」
「良いのよ、私も昔はこんな感じだったしね」
「え……」
「じゃあ、ちょっと待っててね」
「ありがとうございまーす!」
アパートのインパクトで頭がいっぱいだったが、喉はカラカラでお腹も空いている。立ち去っていく大家さんの後ろ姿が神々しく見えた。
(もしかしたら大家さんがいるだけで、このアパートが浄化されてたりして……)
馬鹿なことを考えていると、タカ兄が「ちょっといいか」とわたしの肩に手を置いた。
思わずドキッとしたが、彼の口から出た言葉は予想外もいいところだった。
「ここにはその……神さまが住んでるんだ」
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