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銭湯から帰ると、布団を敷いてごろんと寝ころんだ。荷物は明日届くので、部屋には添え付けの冷蔵庫や洗濯機、あとガスコンロ以外は何もない。
今日は地べたで雑魚寝するつもりだったが、それではあんまりだとタカ兄が布団一式を持ってきてくれた。前の彼女のってのがどうも気にくわないけど、タカ兄なりに気を遣ってくれたことが嬉しくもある。複雑な心境だ。
(まぁ、そりゃそうなるよな。タカ兄からしたら従妹でしかないわけだし……)
気持ちを切り替えようと、明日からの暮らしに想いを馳せる。
初めての部屋、初めての一人暮らし。
人生における一大イベントを前に、胸がとくんとくんと踊る……はずだった。
「…………」
タカ兄が神さまとか言い出したのは、大家さんが席を外した直後のことだ。
『神さまって……あの神さま?』
『いや、そんな神々しいものじゃないんだけど……とにかく神さまらしいんだ』
『どういうこと?』
『説明して理解出来るものじゃないと思う』
『即答ですかい……』
『ただ、ここでは時々おかしなことが起こる。まず、それだけは肝に銘じておいた方がいい。分かったな?』
頷くしかなかった。タカ兄の言うことはいつも正しい。彼の忠告を無視すると、必ずと言っていいほどろくな目に遭わないのだ。
『でも、大家さんはそんなこと言ってなかったよ?』
『あの人は異常なまでに鈍いから』
『じゃあ、せめて具体例だけでも……』
『ダメだ。それを口にして被害が出た事例もある』
『…………』
『まぁ……基本的に大きな被害は無いけど、ヤバかったら言ってくれ』
(あの、マジでどういうことなんですか……)
タカ兄は冗談は言うが、上京したばかりのか弱い少女を不安にさせるような冗談は言わない。それだけに……何だかもやもやする。
(このアパートの入居者が受けるドッキリ……とか?)
そう納得することにした。そう納得するしかなかった。わたしの思考回路は普通に現実的なので、タカ兄が言ったことを完全に受け入れられなかったのだ。
この後、早速<神さま>に遭遇するとも知らずに。
明日の荷ほどき作業に備えるべく、今夜はとにかくのんびりした。
実家から持ってきたアルバムを眺めたり、地元の友達とメールのやり取りをしたり、明日手伝いにきてくれるタカ兄との会話を妄想してニヤニヤしたり、大学のパンフレットを眺めている内に眠気がやってきた。ふわぁと欠伸が出る。
(今日はもう寝よう……)
わたしはスマホを充電し、布団に入った。目を閉じ、明日からの生活を思い描きながら眠りに就くはずだった。
ガタ ゴト
「……?」
ガタ ゴトン ガタタ ガ ガタ
(何の音?)
わたしは眠たい目を擦ってむくりと起き上がった。耳をすませると、音は台所の方から聞こえてくるのが分かった。ネズミでも這いずり回っているのだろうか。
(……はた迷惑な)
わたしはうんざりしながら、睡眠妨害の罪でネズミを排除するべく台所に向かった。そして固まった。
添え付けのガスコンロの上に、猫ぐらいの大きさのトカゲがいた。
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