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「…………は?」
トカゲがビクッと体を震わせる。そしてガスコンロの上から床に飛び降りると、玄関に向かって一目散に這いずっていき、扉をすり抜けた。
「…………え、え、な……?」
自分の見たものが信じられない。だけど、無視するわけにはいかなかった。恐る恐る玄関に近寄り、そっと扉を開けた。
そこには巨大トカゲの姿はもう無かった。
「………………」
頬を抓ると痛かった。どうやら夢ではないらしい。
となると幻覚だろうか。トカゲなんて部屋に入れた覚えはないし、あの大きさで外から侵入してくるなんてありえない。
(つうか日本にあんなデカいトカゲいないだろ……)
だけど、幻覚というのも納得がいかない。何せ、わたしは至って普通の女の子なのだ。幻覚を見るほど病んではいないはず。
「…………ねみぃ」
とりあえず、再び眠ることにした。
***
次に巨大トカゲが現れたのは、あろうことかその翌朝だった。
「んぎゃ!」
思わず変な声を出してしまった。
無理もない。荷物からフライパンを取り出し、昨日買ったもので簡単に何か作ろうと火をつけた瞬間、トカゲが現れたのだ。それも火の中から!!
しかも、危うくフライパンごと落っことすところだった。反射的にトカゲを睨みつけるが、その姿はもうどこにもなかった。
(幻覚…………なのか?)
疲れているせいだろうと深くは考えず、朝食を摂ることにした。今日一日タカ兄と一緒にいられると思うと、トカゲなんてどうでも良くなった。
ていうか、トカゲどころではなくなった。
「……ユキ、荷物多すぎ」
「……すみません」
一時間後、わたしは届いた大量の荷物を前に愕然とした。
(これ、部屋に全部収まるのか……?)
あれこれ会話するのが楽しみだったが、はりきり過ぎてしまったため、そんな余裕は露となって消えた。
壁紙を貼る作業を始め、片付け、使わないものの処分などを黙々とこなしていく。正直、せっかく持ってきたものを処分するというのは勿体ない気がしたが、そうでもしないと歩く場所も確保できそうになかった。
(でもまぁ、いいか。これからもタカ兄をこの部屋に呼ぶのに、座る場所もないなんて方が嫌だし)
そうして作業を終えた頃には、外は既に薄暗くなっていた。
「……終わったね」
「あぁ……お疲れ」
まだ肌寒い時期というのが唯一の救いだった。真夏だったら汗ぐちょぐちょの姿をタカ兄に晒すことになっていたからだ。
(あ、でもタカ兄のだったらちょっと見てみたいかも……)
「……タカ兄も、お疲れ。ありがとうね」
「いやいや。ユキが思った以上に力になってくれたから、結構助かったよ」
「……わたしが馬鹿力だと……?」
「……あ、いや! 別にそういう意味じゃ……」
「気にしないで……わたし、昔から男子に男女呼ばわりされてたし、何故か女子にばっかモテてたし……」
「……でもまぁ、昔よりはかなり女の子らしくなったよ。この部屋も、いかにも女の子って感じだし」
「うん……憧れだったから。こういう部屋」
桜色と白を基調とした壁紙を貼り、持ってきたインテリアを飾り、枕やかけ布団なども壁紙の雰囲気に合わせた。男手があったとはいえ、殺風景だった空間がたった一日で部屋としての形を成したことが奇跡に感じる。
何より、タカ兄と一緒に作ったという事実が感涙ものだった。
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