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「……とりあえず、ご飯食べるか」
「うん」
嬉しいことに、夜ご飯はタカ兄といっしょに食べることになった。お腹が空き過ぎて死にそうだったので、互いに牛丼屋で大盛をがっつくしかなく、雰囲気もクソもなかったが。
(……いや、これも悪くないや)
久しぶりに会ったタカ兄は、前よりも大人の男らしくなっていた。かといって男臭いわけではなく、彼の良さである柔らかい雰囲気も消えていない。
(牛丼にがっついてても、やっぱりタカ兄はカッコいいなぁ……)
「そういえばユキ、そっちは大丈夫か?」
タカ兄が不意に顔を上げたので、わたしは必死に平常を取り繕った。
「ん、大丈夫って?」
「ほら、昨日言ってたやつだよ」
「……あぁ、あれね。大丈夫だよ。特に何も無いし」
「そうか? ならいいんだけど……」
話した方がいいかなと思ったが、止めておいた。牛丼屋とはいえ、タカ兄との時間をトカゲの話なんかに費やしたくない。
(でもタカ兄、わたしのことを気にしてくれてたんだ……)
作業の後で疲れてるはずなのに、気遣いや心配りを忘れない。どこに行っても、どんな環境にいても、やっぱりタカ兄は優しい。
(これからは、もっとたくさんタカ兄と一緒にいられる)
新しい生活が始まるということ以上に、会いたい時にタカ兄に会えることが嬉しかった。
だけどわたしは、ここで相談すべきだったと数日後に後悔することになる。
翌朝、更なる怪奇現象が起きた。
これまたフライパンを振っている時に、トカゲが流しにすっぽりと収まった状態で現れたのだ。ペロペロ、と舌を出してこっちを見ている。しかも、どういうわけかサイズぴったりだし……。
『ここにはその……神さまが住んでるんだ』
(……まさか、ね)
こんなへんてこなのが神さまのわけがない。わたしは無視して冷蔵庫を開けた。
「なんじゃこりゃあああああっ!」
前の日に買って冷蔵庫に入れておいた椎茸が、何故か消えている。それもけしからんことに中身だけ消えており、残っているのは敗れた袋だけ。
「うぜえええぇ!!」
しかも、その日の晩は最悪だった。
ガシャーンという音で夢の世界から叩き起こされた。何事かと耳を傾けると、音は台所の方から聞こえるのだ。それも、何かが割れたような……。
「…………まさか!」
わたしが思わず声を上げると、台所の影から「キキィーッ」と猿のような泣き声と共にマジで猿が数匹出てきて、一瞬で姿を消した。
(……嫌な予感しかしない)
恐る恐る台所を覗いてみると、嫌な予感は泣けるほど見事に的中した。先ほど洗った皿やコップが全て割られていた。床にはガラスの破片が無残に散らばっている。
「嘘だろおいいいいいいいい!!」
音で何となく分かっても、嘘だと叫ばずにはいられなかった。
不運の風にでも吹かれていたのだろうか。夜中に叩き起されて皿やコップの破片を始末して寝不足だってのに、その数時間後の朝、最悪な目覚め方をした。
「あいだだだだだだだ!!」
いきなり頬に激痛が走った。思わず跳び起きると、素っ裸の小人の女の子がわたしから飛び降りて部屋の壁をすり抜けていった。
(破廉恥過ぎるだろ。しかも結構発育良かったし)
「…………いってぇ」
わたしは涙目で抓られた頬をさすった。
生理的な涙だったが、もう本当に泣きたい気分だった。
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