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オヤ、オヤ、こんな夜更けに恐い話をお探しで?
そいつは随分といいご趣味をお持ちのようでござんすねェ。暗闇に囲まれている己に気付くと、自らもその暗闇と一つになりたいなんて危険な欲望が沸いて出てきてしまうもんでございます。ええ、ええ、あっしにも分かりますとも。
人の命を一日とするなら、夜は死に当たるもの。ですから死というものは、ホントはちィとも恐がるものじゃないんでございますよ。夜明けにお天道様が昇るように、死だって新たな生の始まりなんですからねェ。
さて、それでは鏡花という娘の話をいたしやしょう。鏡の花と書いて、鏡花という名前でやす。
不思議な話ではござんすが、恐いと感じるかどうかはみなさん次第でございますよ。
鏡花は、それはそれはたいそう美しい娘でございました。
真っ白な肌に、桜に色づいた柔らかな頬。ふくよかな唇がほころぶと、控えめに顔を出すきれいに揃った滑らかな歯。濡羽の髪は艶やかで、小さな頭を支える細く長い首をつとんと流れ落ちる。形の揃った両の眼は光を受けてよくきらめき、ときおり不思議な玉虫色に輝くんでございます。
鏡花の美しさは、見るものすべてをとりこにしてしまうものでございました。
道を歩けば、すれ違う者はみな、鏡花に見とれる余り壁にぶつかったり石にけつまづいたり。鏡花の横や後ろを歩く者まで鏡花から目を離さないものですから、往来する者が互いにごんごんと頭をぶつけあう始末。傍から見てりゃァおもしろいもんですが、彼らは鏡花しか目に入っておりませんからねェ、恥ずかしいともみっともないとも思わないんでございますよ。
鏡花は大店の娘でしてね、まァ文字通りの看板娘でやんす。彼女の美しさを一目見たいがために、津々浦々から老若男女お客が集まってくるもんでござんすからね。
そうして鏡花を一度目にしてしまったら、もう忘れられなくなっちまうってんで、何度も通い詰めることになる。噂ほどじゃねえやと粋がって帰って見せる者も、結局すごすごと戻って来ちゃァ鏡花の姿を探すんですから、やっぱり大したもんでやんすよ。
ある日の昼下がりのことでございます。
鏡花が縁側に腰かけてぼんやりと遠くを見つめている姿を、通りがかった母親が見かけたんでやす。
どうにも鏡花が上の空の様子で不思議に思った母親は、声を掛けました。
そうしたら鏡花がね、お母さま、なんだか周りがとても暗いの、なんて言うんでやす。
母親は首を傾げました。その日はたいそういい天気で、雲一つない晴天から温かな陽射しが差し込んでいる時間だったもんですからねェ。
ちっとも暗くなんてありませんよ、と笑う母親を振り向いて、鏡花はなお言いました。
「やっぱり暗いわ。お母さまのお顔も見えないもの」
そこで母親は奇妙だと気づいたんでございます。
縁側から両脚を垂らして座っている鏡花に歩み寄るとその隣にトンと膝をついて、愛娘の美しい顔をのぞきこみました。
するとどうでやしょう、鏡花は母親を見返してこないんでございます。
その視線は母親を通り抜けて虚空に向けられているようで、常ならばお天道様の光をキラキラと反射するまなこが、まるで光を宿していない。
今の鏡花の目には何一つ映っていないのだと、母親にはすぐに分かりました。
大急ぎで呼ばれたお医者さまが鏡花の目を診たものの、何が原因なのかとんと分からない。
どんなに強い光を当ててみても、鏡花がそれを感じることはないんでやす。鏡花は目の前に何を指し出されてもただ、暗い、暗い、とうわごとのように繰り返すばかりでございました。
そうしてその日から鏡花は、ものを見る力を一切失ってしまったんでございます。
口さがのない連中には、美しさを鼻にかけていたゆえに罰が当たったのだ、なんて言う者もおりました。
鏡花はちィとも傲慢な気性ではなかったんでございますよ。むしろたいへんにまっすぐな心根の持ち主で、謙虚で優しい娘でした。
心ないことを言う連中は、そんな鏡花をただ妬み嫉んでいただけでございましょう。
それというのも、鏡花の美しさが少しも変わることがなかったからなんでやす。
鏡花が己の手腕によって美しさを造り出していたんだとしたら、こうはいきません。
つまり、巧みに化粧を施したり、光をよく受ける姿勢をあえて取っていたりね。多くの女はそうするもんでございます。
もし鏡花も同じだったとしたら、目が見えなければ美しさを保つこともできなかったことでやしょう。
ですが目の見えない鏡花は、少しも衰えることなく美しくあり続けたんでございます。
鏡花本人は自分がどんな様子なのかまるで分かっていないのに、いつもどこにいても必ず美しい。そんな鏡花はどこか妖怪じみて、中には恐れる者もいたようでござんすよ。
あっしに言わせていただけば、妖怪なんぞ少しも恐ろしがるようなもんじゃァないんでやすがねェ。
容貌は変わることのなかった鏡花ですが、心の方はそうはいかなかったようでございます。
暗闇に閉ざされたのは鏡花のまなこだけじゃござんせんでした。その胸の内にまで、じわりじわりと影が忍び寄ってきたんですねェ。
不思議なことに、その影は鏡花をたいそういい心持ちにさせるんでやす。光のない世界を見つめていると、自分という意識が虚空に溶け出して、まるで世界そのものに昇華していくような清々しい気分に包まれていくんでございます。
ですから鏡花は、自分の目が見えなくなったことを嘆いてはいなかったんですや。
えも言われぬ闇の清らかさは、目から光を受けることができた頃には感じられなかったもの。
鏡花は光を失ったことで、むしろ幸せが増したとすら感じておりました。
本人はそれで良かったものの、傍から見ている者からしたら心配でたまったもんじゃござんせん。
そらァ無理もありませんや。なにしろ鏡花ときたら、光を映さない目をぽっかりと開けたまま、日がな一日じィっと石のように動かないんですからねェ。
寝起きや食事や身支度は、お女中さんに任せきりでされるがまま。支度が終われば連れてこられた場所に腰を下ろして、そこからもう動かない。家族や使用人が声をかければ大人しくうなずいて付いてくるものの、自分からは何もしようとしないんでやす。
石のようにというより、人形のようと言った方がようござんすね。
ただでさえ異様に美しい鏡花が、動かなくなってしまったらそれこそ造り物のようでございましてね。何も知らない人間が鏡花の座っている庭先をのぞいて、大きな人形を飾っているものだと勘違いした、なんて話まで聞いたもんでやす。
心を痛めた母親は、外から人を次々呼びつけては鏡花の様子を診させました。
目が見えた頃の明るく優しい娘を取り戻そうと、医者やら教師やら芸人やら僧侶やら色んな人に話をさせたんでございます。
お察しの通り、誰も鏡花を変えることはできませんでした。
礼儀正しい鏡花は、話しかけられたと気づけばきちんと対応するんでござんすよ。質問には正直に答え、指示には黙って従います。
ですが他人から働きかけられぬ限り、鏡花自ら言葉を発する、あるいは体を動かすことは決してありませんでした。
母親なぞは、鏡花が絶望してあらゆる気力を失ってしまったのだとそれはそれは悲しみました。
本当のとこはそうじゃありやせん。逆だったと言ってもいいでしょうねェ。
鏡花の心中には、日に日に希望が増していっておりました。
そうですとも、闇の中で鏡花が感じていたのは、己というちっぽけな存在を脱し、世界と一つになる高揚感だったんでございます。
鏡花には何もかもがいとおしく思えていました。
だって自分自身が世界なんです。そこに存在するすべてのものが、自分の子どもも同然だったんでございます。
闇を見つめれば見つめるほど、己がどこまでも大きく広がって、あらゆる命をその懐に抱きしめているような温かな心持が強くなっていきました。
そう、愛でございますやね。鏡花は愛に満ち満ちていたんです。
そうしてすべてを包み込む大きく深い己の愛を、誇りに思っていたんでございます。
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