30人が本棚に入れています
本棚に追加
しばらくすると宿全体が騒がしくなってきた。
そろそろ神戦組が攻め込んできたようだな……。
姉ちゃんが何事かと慌てて襖を開け、様子を確認する。
すると先程までの楽しそうな騒ぎ声とは打って変わって悲鳴や逃げる音、泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
「え……何があったの……」
「さあなぁ……」
知らないふりをして飯を口に運ぶが内心、ようやく主役のお出ましか、待っていました、とばかりにほくそ笑んだ。
……あァ、たまんねえな。
姉ちゃんが下の階の詳しい様子を確認しようと 廊下へ飛び出し、階段を駆け下りて行ってしまう。
あーあ、まあ仕方ねえか。
さすがに大変なことになっているであろう下の階まで追うほど勇気も力もある訳では無い。
その隙にそっと地袋の中に潜り込んだ。
――看板娘の姉ちゃんが別嬪だと聞き、ここに足繁く通っていたのが吉と出たようだ。通っていく中で少し大きい地袋がある部屋を見つけたのは我ながらよくやったと思う。
少しだけ隙間を開け、様子をうかがう。
しばらくは地袋の中でゆっくり見物させてもらうかな……。
そう思ったものの、今この部屋には誰もいねえし、開け放たれた襖の奥からはほんの少し廊下が見えるだけだ。まあ仕方がねぇか。
周りの騒音を聞いているだけでもゾクゾクしてくる。
人が人を殺しているのを見ると不思議と安堵感と高揚感に包まれるんだよなァ。
興奮で震える体を軽く抱きしめるとニヤリと笑った。
どうやら宿で食事をしていた客は俺たちを含めて2組。もう1組は団体客だった。
と言っても2〜3人程しかいなかったが。
まあ驚いたのは全員が見た事のある神子だった事だな。顔なじみも中にはいた。
神子ってやつは仲間を見つけて繋がりを作るもんなのか。
神戦組もどうやって神子の会合を嗅ぎつけて来たのか分からねえが、無能な集団でもなさそうだな。
あれからどのくらい経っただろうか、部屋のまわりが少しばかり騒がしくなってきた。
隙間から覗くと姉ちゃんの姿が見えた。長く綺麗に結っていたはずの髪が短くなってしまっている。
神戦組には女の髪を切るような無粋な奴もいるもんなんだなァ……、そう思いながら見ていると廊下の奥から地響きのような足音が聞こえてきた。
――しまった、副長か……。
少し厄介なことになった。
土方歳三、神子に対する狩りへの執着心は奴が一番だと聞いている。おまけにあの図体ときたら……。
姉ちゃんが部屋の近くまで逃げてきてるんなら仕方ねぇ、助けてやるか。
俺はそっと地袋を抜け出すと近くの蝋燭を吹き消した。
神戦組の目くらましには最適だろう。
そのあと姉ちゃんの腕を掴むと地袋の中へと半ば強引に押し込んだ。
姉ちゃんは何が起こったのかわからねえようで暴れだしたが、それを力尽くで抑え込み、唇をそっと俺の人差し指で塞ぐとようやく落ち着きを取り戻したようだった。
「あの副長は夜目が効かねえ。ここまでは目がいかねえだろうし、あの体ならここを見つけ出すまでには相当時間がかかるはずだ。とりあえず今はここに隠れていたほうが得策だろ」
そう呟き、姉ちゃんの顎をグイと掴むとこちら側へと引き寄せ、顔をじっと見つめる。
「よぉく見ると短い髪も似合ってるじゃねえか。それに……今すごくいい顔してる。その殺伐とした真っ赤な瞳なら武神のヤマトタケルも顔負けだな」
そう言った途端顔を少し強張らせたようだったが、まあ気にしないでおこう。
最初のコメントを投稿しよう!