30人が本棚に入れています
本棚に追加
肘の内側に三日月の痣があらわれた。
諦めたのか 姉ちゃんはもはや隠す様子もなく、その痣を俺の目の前に見せつけてくる。
「いつから気がついてたの?」
「んー、昨年の夏ごろからだな」
「どうして……私は不動さんに痣なんて見せていないでしょう? あなたの前で服を脱いだりもしなかったし」
「いや、まあそうだけどよ。やけに腕周りだけ隠そうとしてるのも変だと思ってたしな。家事をする時だって襷を巻かなかったろ」
「そう……」
そう呟くと姉ちゃんは地面に崩れ落ちた。両手で地面を叩き、溢れる涙を止めようともしないで、ぽつぽつと話し出す。
「私たち神子が一体何をしたって言うの? あなたたちの生活に何も迷惑はかけていないでしょう? なのにこうして追われて殺されて……。ふざけないでよ!」
「同情はするさ。その気持ちもわからなくはない」
手を差し伸べたが、その手を思い切り払われる。
「あなたは神子じゃないくせに、何がわかるって言うの! どうせ不動さんは神戦組の回し者なんでしょう。それならもたもたしてないではやく私の事を狩ればいいんじゃない?」
とんだ勘違いをされているらしい。そんなつもりはなかったんだけどな。
「回し者? んなわけねえだろ……って、言っても信じて貰えねえか。とにかく、俺は神戦組とも関係ないし、かと言って神子の味方をするつもりもねえな」
「じゃあなんのために私を呼んだのよ……! あなたみたいな人、一番嫌い。遊びでただ首を突っ込んで関わって来て……いつか痛い目見るわよ」
姉ちゃんはゆっくりと立ち上がると、着物についた土を軽く手で払う。
「ここから後は好きにしな。俺はこうして助けて生き残る道を与えてやった。この後どうするかは姉ちゃん次第だ。まぁ姉ちゃんが馬鹿なことを考えるような女だとは思いたくねえけどな」
「どうせ私は馬鹿で阿呆よ。前世から何も変わっちゃいないの。目の前の敵と戦うだけ」
そう言って姉ちゃんは懐から何やら短刀を取り出すと宿の入口の方へと戻って行った。
こうなるのは十分に予測できたし、それを心のどこかで望んではいた。
しかし実際にそうなってしまうとどこか物悲しい気分になる。
姉ちゃんのこと、結構好きだったんだけどな。
「じゃあな、橘の姉ちゃん」
重い足を引きずりながらも宿をあとにした。
最初のコメントを投稿しよう!