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ぼんやりと考えながら歩いていると、一人の男と肩がぶつかった。
「あっ、すんません。悪いな、前見てへんかった」
謝りながら頭を深々とさげる。
「おぅ、俺は大丈夫だ。兄ちゃんも怪我はねえか?」
優しい人で助かった。ゆっくりと顔を上げると心配そうに顔を覗き込まれる。
「あれ……?」
肩につくくらいまで長く伸ばした髪、少し目つきの悪く見えるつり目、赤い瞳……この人の顔、どこかで見たことがあるような。
「兄さん、どこかで俺と会ったことあります?」
「ん? いや、ねえと思うぜ。そういう言葉は美人の姉ちゃんを口説く時に使いな」
笑いながらばしばしと肩を叩かれた。
確かにそれはそうやな、初対面の男にそんなこと言われたら驚くに決まっとる。
にしてもどこかで見たことあるような……誰かに似とるという訳でもなさそうやし。
もしかすると客として劇を見に来たことがあるんかもしれんな。
「そりゃどうも、失礼しました。一座で座長をやっとるもんで、きっと客の誰かと間違えたんやわ」
「おう、気にすんな。そう言えば、手に持ってる瓦版……それって昨晩のことが書いてあるやつか?」
ゆっくり頷くと瓦版を手渡す。
「そうやで、神戦組が討ち入りした事件やな」
「ありがとな、少し読ませてもらう。俺が行った時はもう人がごった返してて手に入らなくてよ」
その男はざっと流し読みすると、目を細める。
口の端が緩やかになったように見えたのは俺の気の所為やろうか。
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