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予感はしていた。けど、いざ目の前にその文字が現れると、悪魔に心臓を突き上げられて鷲掴みにされ、その後に暗い底なし穴に蹴られて突き落とされた気分になった。
「うそ……嘘でしょ? サ終!?」
私は思わず叫んだ。横画面にしたスマホを持つ手が小刻みに震える。怒ってるの? 違う、悲しいの。これって、私の力不足かもしれない。もう推しに会えなくなるの?
推しへの愛だけではダメなのだ。多種多様なイケメンたちとスローライフを送るぼのぼの乙女ゲームであったが、そんな夢のようなスローライフも、ついに終わりを告げた。
私の推しの波海苔渚くん。金髪が良く似合う爽やか系男子。登山が趣味な彼とは色々な山へ行ったし、それから歌が得意な渚くんは、よく優しい声で歌ってくれたなあ。そういえば、ミニゲームで失敗して中身の具がシュールストレミングになったおにぎりを美味しいって食べてくれたっけ。
「渚くん……」
絶望よりも深い闇。推しの名前しか口にできない。ベッドに寝転がったときによく見えるように天井に貼った渚くんのポスター。きのこ狩りガチャの時の描き下ろしで、渚くんは毒々しくも華やかな柄のきのこを片手に微笑んでいる。
「渚くん……」
缶詰に詰められた食材のように縮こまった私の背中に、別の温もりがそっと寄り添った。
「渚くん……?」
私は寝たまま振り返り、そこにいた温もりに目がくらくらとして視界が滲んだ。
「ココリナ、慰めてくれてるの?」
垂れた耳がチャームポイントのビーグル犬で、私とは三歳の頃から十四年間一緒に暮らしている大切な家族。いつもは抱きしめても塩味みたいにあっさりとした反応しか返してくれないのに、私が悲しいのを分かってかそうではないのか、私は嬉しくてココリナを抱きしめた。
「もう渚くんに会えないの、寂しいよ〜」
ココリナはあくびをして、落ち着けと騒ぐ私をあしらう。これが落ち着いてなんか居られない。落ち込んではいくけれど。二度と画面の中で動いて喋る渚くんに会えなくなってしまうのかと思う度、私の心は張り裂けそうになるのだ。
「くるみ、ご飯よー」
一階からママが私を呼ぶ。私はココリナを抱いて、寝転がったことと心労でくしゃくしゃになった髪をそのままに、駆け足で急な階段を降りた。
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