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「あんた、それゲームでしょ。そんなに落ち込むこと?」 「ゲームだろ? くるみは大袈裟だな」  ママとパパの素っ気なさに私は話したことを後悔した。人が悲しんでいるのに、どうして分かってくれないの? いや、しょうがないか、ママとパパにとって渚くんは画面の中にしかいないゲームのキャラクター。私はそれをわかっていても、悲しい気持ちは止まらない。 (ただの、ゲームのキャラなんかじゃない!)  私は心の叫びを上手く口にすることが出来なくて、テーブルの下で左の手の甲をつまむ。私の向かいに座るパパの足元には、おこぼれをもらおうとココリナがおすわりをして待ち構えている。あんた、さっき自分のご飯食べたでしょ。  その夜、私は天井の渚くんを見つめながら当然寝つけないでいた。渚くん、ごめんね。私あなたへの応援足りなかったみたい。 「おーい」  渚くん、今度は本当に美味しいおにぎりつくってあげるからね。ごめんね。 「やっほー」  渚くん、サーフィンやってみたいって言ってたよね。私もネットサーフィンばかりじゃなくて、今度本当の海に行ってやってみるからね。 「駆足(かけあし)くるみちゃん?」 「は、はい!?」  こんな夜中に急に名前を呼ばれて、驚かない人なんていないでしょ。私は飛び起きて周囲を見渡す。そこはぼんやりとした、オレンジのもやがかかった空間で、いつの間にか寝ていたはずのベッドも、二階の自分の部屋もなくなっていた。  ただ、目の前に見覚えのある、というより今まで毎日画面越しに会っていた金髪のイケメン男子が立っていて、私の真っ白だった頭の中に色んな色の絵の具がバケツごとぶちまけられた。 「え、なぎ、なぎ、なぎ」 「僕、波海苔渚だよ。くるみちゃん、ここでは、はじめましてかな」  渚くん! 私は心の中で叫んだ。もし口に出していたら内蔵が全部飛び出してしまっていただろう。ここで私は着古したへび柄のパジャマ姿のままであることに気づいて、恥ずかしくなって全身の熱が顔に集まってきた。  私は推しは直接会いたいというよりは遠くから見守っていたいタイプだったはずなのに、実際渚くんに会うと胸がときめいていることを認めざるをえなかった。この彼は多分、私の妄想の中の波海苔渚くんなのだろう。 「くるみちゃん、大丈夫?」 「は、はいっ! だい、大丈夫……」  渚くん、さわやかな石鹸の香りがしそうだなと思っていたけど、思った通りだね。私は突然目の前に現れた推しに身体がガチガチに固まっていた。いったいここはどこなのだろう。もしかしなくても、サ終に打ちひしがれてる私の妄想が作り出した夢の中? 「くるみちゃん、君に伝えておきたいことがあるんだ」  渚くんが私の両肩を掴み、誠実な眼差しで私を見つめる。渚くん、顔が近いよ。私は渚くんを直視することなど出来ないはずのどきどきした心持ちなのに、彼の碧い瞳から視線を逸らせない。 「僕はゲームの世界では永遠じゃなかった。でも、君が、君の心に僕が居てもいいのなら、ここにいさせてほしい」 「もちろんだよ! 渚くんは私の心の中で永遠! 渚くんは私にとって、これからも大事な存在だよ!」  ああこれはやっぱり、私の心の中にいる渚くんなんだ。渚くんが寂しげな表情をするから、それを払拭したくて私は必死に言葉をはしらせる。もしかしたら途中で噛んだかもしれない。変なこと、失礼なことを言ってしまったかもしれない。けど、そんな私の心配は杞憂だったようだ。渚くんの表情が和らいで、私はほっと胸を撫で下ろした。 「ありがとう、くるみちゃん」  渚くんの笑顔、眩しいな。渚くんはゲームの中でもよく笑う人だった。推しには幸せに笑っていて欲しい。 「あれ、渚くん?」  もやもやとした景色が急に真っ暗闇になる。渚くんの姿が見えなくなって、私の身体がふわふわと浮いている感覚に囚われて。 「渚くん、渚くんー!?」  私は目を覚ました。いつも通りの自分の部屋で、カーテンから朝の光が漏れている。天井のポスターの中で笑顔のままかたまっている渚くんを見て、ため息をついた。 「渚くんの夢を見るなんて……妄想激しすぎ……」  これまで渚くんが出てくる夢なんて見たこと無かったのに、ゲームのサービス終了の悲しみから頭の中に溜まっていた妄想が激しく暴れだしてしまったのだろうか。私は恥ずかしくなってベッドから飛び起き、学校へ行く支度を急いだ。
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