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そろそろ帰るかと八坂が腰をあげたのは、数刻たってから。おやつを楽しみ、とりとめのない会話をし、ゆったりとした時間をまんきつしてだった。
「九里」
「はーい」
神様が九里の名を呼ぶ。
心得たと九里は立ち上がった。
「八坂。もう暗くなるから送ってくよ。裏道から行こう」
「裏道?やった。久しぶり。スニーカーとってくる」
「ん。提灯用意するから、ちょっと待ってね」
「はーい」
外に通じる戸から手をのばし、スニーカーをとる。その場で待つことしばし、提灯を持って九里が戻ってきた。
「さ、いこっか」
「じゃあ、また明日も来るから」
「来るのかよ」
わずかに顔をしかめる神様に、八坂は笑顔で答える。
「来るよ。まだあんこ残ってるから、大福でも作ってくる」
呆れたようにしながらも、神様ははいはいと手を振った。
外に出る。もやが濃く、周囲の様子はわからない。提灯の明かりも、足元の道を照らす程度。
それでも、八坂は楽しそうにしていた。
「今日から連休だから、少しの間通えそう」
「本当?みんな喜ぶ。神様の不機嫌も、八坂がいれば早くおさまるし」
「どーだか」
言って、八坂は振り返る。お社の姿はもう見えない。
「……なづなは、結局ここに残ることにしたんだね」
「うん」
「ふぅん。いいなぁ」
九里が、じっと八坂を見つめる。気づいた八坂が、首をかしげる。
「八坂も、あそこにいたい?」
九里の問いに、八坂は目を見開く。
口を開き、けれど何も言わず閉じた。ただどことなく悲しそうな諦めのような微笑みを浮かべる。そうして、足元に視線を落とす。
九里はそんな八坂をしばらく見つめていたが、返事はもらえないと悟ると、追求することなく視線を戻した。
会話なく、ただ足を動かす。やがて前方のもやが晴れ、町並みが見えてきた。
もやから出ると、とたんに空気が変わった。空は藍色から黒に変わりつつある。街灯もすでに灯されていた。
「じゃあ、ここで」
「いや、家まで送ってくよ」
九里は提灯をたたみながら言う。
送ってもらうこと自体は初めてではない。ただ、家までとなると珍しかった。
そんな疑問が顔に出たのであろう。九里が微笑む。
「ちょっと確認しておきたい場所があって。そのついで」
「わかるとこなら案内しよっか?」
「多分大丈夫。でも見つけられなかったら頼もうかな」
「まかせて」
ぴっかぴかの笑顔で、八坂は自分の胸を叩いた。
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