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男は、森の中を必死に走っていた。
「くそっ、くそっ」
せっかくまた、きれいな内蔵を見られそうだったのに。邪魔された。
数日前、男は念願かなって人間の内蔵を見ることができた。とても嬉しかったし、とても興奮した。
一度叶うと、もう我慢をすることができなかった。もう一度見たくなった。
だって、一度目はあまりうまくいかなかったのだ。本の知識だけでは不十分で、きれいに取り出せなかった。暴れられたせいでいくつか傷つけもしてしまった。
二度目なら、もう少しうまくできるはずだったのに。
昨日、オレンジ色のウインドブレーカーの女の子が、登山道から外れていくのを見た。人気のない場所で一人きり。好都合だった。けれど、機会をうかがっているうちに見失ってしまった。
でも、その女の子には見覚えがあったのだ。前にも山で見たことがある。だから待ち伏せしてみた。まさか初日で会えるなんて。とても幸運だと、そう思ったのに。
はぁはぁと息をはく。
あいつはいったい何者なのか。とても、ただの人間だとは思えなかった。
辺りを見回す。
やけに静かだ。なのにそこかしこから視線を感じる。気味が悪い。早く山をおりたい。
と、人の声が聞こえた。
よかったと、男は声の方へ向かう。
少しひらけた場所に出た。着物姿の人物が、こちらに背を向けしゃがみこんでいる。
「あの、すみません」
立ち上がって、振り返ったその人を見て、男は息を飲んだ。これまで見たことないほど、美しい容姿をしていたのだ。きっと、内蔵もきれいに違いない。
背に隠したナイフを、強く握りしめる。
「ひと?何でこんなところに?」
「あの、道に迷ってしまって」
言いつつ、男は近寄る。
不思議そうに男を見つめていたその人が、ふいに振り返った。わずかに下を向いて。
男は足を止める。どうやら背後に子供がいるようだ。姿はよく見えないが。
「え?あ、そうなの?それはよかった」
再び男に顔を向けたその人は、満面の笑みを浮かべていた。
「よかった。あなたに会いたかったんです」
「は?」
「この子のお願いを叶えるのに、あなたが必要で」
そう言ってその人は、背後にいた子供を前にやった。
意味がわからず、男はその子供を見つめる。そうして、唐突に顔色を失った。
「なっ、バカなっ、そんなわけっ」
「この子のお願い、二つあって。一つは両親にもう一度会いたいだったんだけど、もう一つはあなたを同じ目にあわせたいだったから」
にこにことその人、九里は笑みを浮かべていた。男の顔色など目に入っていないように。
子供が不安そうに九里を振り返る。
「ん?大丈夫だよ。君の願いを叶えよう。僕はそのための存在だからね」
ぱぁと顔を輝かせた子供は、男にかけより服の裾をつかむ。
「た、助け、て……」
数日前、自分が殺した子供を目の前にして、男は恐慌状態に陥っていた。足は動かない。
助けを求められた九里は首をかしげる。
「それはあなたのお願い?」
こくこくと、男はうなずく。
九里はぱんっと手を打った。
「わかった。できる範囲であなたの願いを叶えよう」
男の顔が輝く。
けれど安心できたのは一瞬だけ。続く言葉が再び絶望に突き落とす。
「ただ、順番があるからね。まずはその子のお願いが先だよ」
悪意も害意も一切なく、九里は言いはなつ。
この子の願いは、男を自分と同じ目にあわせることなのだ。殺された自分と同じ目に。いくら人の願いを叶えるためにつくられた神様だった九里といえど、死んだ人を生き返らせられる力はない。
それはつまり、男の願いは叶わないというわけで。
男は、子供を見下ろす。例え生き返らせることができようとも、これから受ける苦痛からは逃れられない。
子供は満面の笑みで男を見上げていた。
「今度は、私の番」
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