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14.大いなる太陽のために
クスクスクス……と笑い声がした。逢蒙(ほうもう)だ。『甲』の遺体を抱えて笑っている。
俺は涙を拭って睨みつける。
「……何がおかしい」
「おかしいよ。どうせ俺もあんたもこれから死ぬのにさ、真面目に泣いて悲しんで馬鹿みたい!」
一体何を言っているんだ。
逢蒙は『甲』の遺体を床に降ろして立ち上がった。
「気付かない? 下を見てみなよ!」
床が光っている? ……違う、光っているのは巨大な魔方陣だ。
慌てて立ち上がる。嫌な予感がした。その様子を見て逢蒙がせせら笑う。
「『甲』様はご自分が亡くなることを見越してたんだ。そして自分が死ぬと同時に発動する魔方陣を描いた」
魔方陣の明滅に合わせて、側の后羿の遺体が燐光を帯び始めた。雁居の遺体も『甲』の遺体もだ!
「何をするつもりだ!」
逢蒙はニヤニヤと笑いながら、ナイフを振り回した。
「あははは! みんな死ぬんだよ! 大いなる太陽のために!」
逢蒙は自分の首にナイフを突き立てた。
そのまま力を込めたナイフはぐるりと細い首を一周し、完全に首が切断される。
ほとばしる鮮血が、魔方陣の上にジュッと音を立てて吸い込まれた。
その瞬間、魔方陣がまばゆい光を放つ!
雁居の、后羿の、『甲』の、逢蒙の体から抜け出てきた透明な魂魄が、頭上の9つの太陽に吸い込まれていく。
それだけじゃない。宇宙とみまごう空間のあちらこちらから、無数の霊魂が湧き出てくる。
空間が白く染まっていった。
(太陽党に生贄にされた人々の霊魂か!)
霊魂を吸収しきった2つの太陽が赤々と燃え、膨らみ始めた。びりびりと肌に伝わる熱で火傷しそうなくらいだ。残り7つは沈黙を保っている。
后羿は言っていた。《太陽は、霊魂を吸収して復活する》と。
「まさか、2つの太陽が復活したのか……?」
スマホを取り出すが、圏外だった。舌打ちが漏れた。
ならば確かめる方法は一つしかない。俺は異界の出口から外に飛び出した。
△▽△
現世は滝のような大雨、大洪水に見舞われていた。
更に片端から蒸発していくような熱気に包まれており、息もできない。
流木や土砂や車、瓦礫が押し寄せ、潰された人々の死体が川となった道々に浮かび、あっという間に濁流に流されていった。
俺も流されてきた車に衝突して骨肉を潰されながらも、その車に這い上り空を見上げた。厚い雲が空を覆っていた。
(……なんだこの大雨は?)
戸惑っていると、空に巨大な竜が吠え猛っているのが見えた。
「……雁居……?」
なぜかそう口に出していた。似ても似つかない姿なのに。
俺の声が聞こえたわけでもあるまいが、竜とばちりと目が合った。
竜はまっすぐこちらに降りてくる。
間近で見て、町を一飲みにしそうなその巨体に驚く。だがその瞳はひどく雁居のものに似ていた。
頭の中に声が響く。
『――透君!』
「やっぱり雁居なのか!」
大雨に負けないように大声を出すと、雁居は顎を振って頷いた。風圧で体が飛びそうになる。
「何だってそんな体になっているんだ!」
『来世になるって言ってたでしょう? これがその《雨師》の体。地球の危機だから世界の防衛機構が私の転生を早めたの』
「じゃあ、この雨はお前が……?」
雁居はまた頷いた。
『そう。太陽が全部で3つ現れたから地球を雲で守って、雨で冷やしなさいって天帝様のご命令があって、ああ、地球を守らなきゃなって思ったの』
「やっぱり、新たな太陽が2つ現れたのか……」
雁居の巨大な目から涙が溢れる。
『でもどうしよう、透君! 3つの太陽の力が強くて、この雨も持たない! 降らせてもどんどん蒸発してる。このままじゃ地球は灼熱地獄になっちゃう。人も沢山亡くなってしまった……』
涙に暮れる雁居を慰めてやりたいが、一つも方法を思いつかない。
(いったいどうしたらいいんだろう)
ふと目を伏せると、足場の車の側を死体が流れていった。その手にはスマホが。
(ん……?)
ピンと頭の中に何かのイメージが浮かんだ。
(そうだ《功徳カウンター》だ……!)
慌ててスマホを操作し、《功徳カウンター》を起動する。ピピピッと測定終了の音が鳴り、数値を確認する。
……やっぱり――だ。
もし俺の考えが正しければ、この難問を全部解決できるかもしれない。
「雁居、俺を連れて行ってくれないか? 世界中で人々の死を見たい」
訝し気な声がした。
『え? いいけどどうして……?』
「俺は死ななきゃいけないんだ」
雁居はきょとんと首を傾げた。
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